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2004-03-19

インド旅行記−公演

いよいよ、オペレッタ公演の当日がやってきた。まだ写真がないので、写真は後で載せることにして・・・。

 朝からは自主練習、午後からは少し時間をとって、別の場所にて、今度は日本側からのセミナーを行い、ハンセン病の元患者の歩んだ歴史的経緯や置かれている状況についての説明、及び、別の精神障害者施設の看護士による歴史的経緯と現在の状況について説明を行った。

 さて、いよいよオペレッタ公演のリハーサルが始まった。年季の入った建物で意外ときれいな小ホールだった。照明の打ち合わせで、舞台の責任者・技術者たちが集まってきた。なかなかライティングの説明がうまく伝わらない。挿入してもらう音楽もちゃんと入るのだろうか?OKとは言うが、本当にOKなのか、本番は大丈夫なんだろうかと心配する。今回のオペレッタには、インドの神さまがいっぱい登場する。川の女神のサラスバティ、ご存知ガネーシャ、そのおとうちゃんシバ神。シバ神は、舞踏の神さまでもあるため、劇中、ブレークダンスを披露する。もちろん日本の神さまも登場する。弁財天に大仏。そして弁財天楽団。インドの神さまが登場することがわかって、インド側の技術者たちは、がぜん張り切りだしたようだ。音響担当のおにいちゃんが、マイクもってどんどん舞台に上がって、それぞれの楽器に全てマイク付けてくれた。

 一番心配なのが、ライトが消えて真っ暗になること。ピアノとキーボード担当は、楽譜が見えないので死活問題だ。絶対に真っ暗にしないでくれと頼む。ピアノは、一応調律してあったが、なかなか凄い代物だったらしい。遠くから分解されたピアノがトラックで運ばれてきた。リーダーが思わず「88鍵ありますか!?」と叫んだ。むべなるかな。私はピアノを弾かないからわからないが、鍵盤ごとに音のなる位置がばらばらで、押しても鳴らなかったり音が大きすぎたり小さすぎたり、本番直前までピアニストはピアノと格闘していた。

 いよいよ本番直前に、舞台の責任者が、サラスバティとガネーシャの衣装を直してくれた。サラスバティは、わざわざ日本から、東急ハンズで一本200円で買ったくじゃくの羽根を20本背中にしょっている。その上、マネキンの腕二本もしょっている。まるで、宝塚のレビューみたいな派手なかっこう。もちろんサリーを着て、頭にはきらきらの冠をかぶっている。このクジャクの羽、税関を通るたびに「こりゃ何だ?」と聞かれた。「ピーコック・フェザー」と答えると、一斉に「ピーコック」「ピーコック」といってにこにこ通してくれた。衣装のサリーが、これがまたよく似合っている。インド側の舞台責任者によれば、サラスバティは「パーフェクト」だそうだ。本当は、裸足じゃないといけなかったらしいが、ご満悦の様子。

 ガネーシャは、さすがにインドで人気の神さまだけあって、こだわりがあるらしい。まず、衣装の下にジーンズをはいていたのが、どうしても、絶対にダメだという。オレンジか白、黄色っぽいズボンはないかという。そんなものはないというと、スカートでいいという。ちょうど、私がオレンジのロングスカートをもっていたので、それでいいかというと、それを着て、脚の布を安全ピンで留めたら、ズボンみたいになるからそれで大丈夫だという。靴も脱げと言われた。それからが大変。ガネーシャは布袋さんのような大きなお腹をしているのだが、お腹の位置がおかしいという。そんな妊婦みたいな腹ではだめらしい。もっと上の方、胃のあたりからぽっこり出ていないとダメという。もう本番が始まるし、ピンが10数本ついているから、今から脱ぐのは無理だというが、絶対に聞いてくれない。自分がちゃんと詰め物をしてやると言ってきかない。

 舞台上では最初の挨拶が始まっている。インドの舞台責任者は、「そんな挨拶なんか10分やそこらでは終わらないから大丈夫」と言って、とうとうガネーシャを拉致して楽屋に連れていってしまった。気が気じゃない。もう始まるよう〜〜!

 数分後無事にガネーシャは舞台の袖に戻ってきた。はぁ〜〜間に合った。

 公演は、大成功。日本でやった時は、どちらかというと観客は唖然としていたが、さすがインドではインドの神さまが出てくるとやんやの大喝采。とても楽しんでくれたようだ。照明も音響もパーフェクト。さすがインドのプロでございました。おみそれしました。ただし録音するの忘れちゃったけどね(爆)。

 第一部のオペレッタ公演に続いて、第二部も、無事に終了。第二部では、主に日本の曲を紹介した。そうそう、見事なブレークダンスを踊るシバ神、日本では看護士なのだが、英語がしゃべれない。自己紹介の英語を教えてくれというのだが、「僕、ほんまにあかんのですわ」という。彼の場合、このさい英語でもヒンディー語でも一緒だわと思って、「ヒンディー語で挨拶せーへん?」といって、ヒンディー語で挨拶してもらうことにした。ヒンディー語と日本語は、実は良く似ている。語順が一緒なのだ。「です」にあたる言葉もちゃんとある。発音もそれほど難しくない。そこで、紙にカタカナで書いて、それを言ってもらうことにした。これは、会場に大いに受けた。ちゃんとわかってくれたようだ。

 終演後、インドの舞台責任者に話を聞くと、実は、昔、ガネーシャを演じたことがあるんだそうだ。道理でこだわりがあるはずだ。またどうやったらうまくガネーシャに見えるかもよく知っているはずだ。昔は舞台に立っていたらしい。そのうち、舞台上のピアノから「ジャズ」が聞こえてきた。照明係の技術者の一人はジャズのピアニストだったらしい。舞台責任者の友達なんだそうだ。ピアノなんて滅多に触る機会がないから、今、舞台上で空いたピアノを、一生懸命弾いているみたいだ。もうピアノに触るのが、嬉しくて嬉しくて仕方がない様子が伝わってきた。

 

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