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2004-03-04

インド旅行記−BLP

 12日の午前は、BLP(Bombey leprosy project)の活動エリアを見学した。ムンバイで、ハンセン病のために活動しているNGO団体である。

 最初に連れてもらったのは、綺麗な住宅群(日本で言えばマンションにあたる)の一角にあるセミナーハウスだった。それまでのごみごみとした町並みから一転して、高級そうなアパートが建ち並んでいる。横にはプールがあって、何人かがプールを利用していた。聞けば、この住宅の住人たちのものだという。男女の別はないと言っていたが、プールに入っていたのは男性ばかりだった。入り口を入り、エレベータを使って4階にあるセミナーハウスに通された。日本で言ってみれば、マンションの一室を利用しているのと同じ状態である。回りは一般の住宅で、戸口の上に金色のガネーシャ(ヒンズー教の神さまで、頭が象。富や商売の神さまで人気がある)が飾ってある部屋もあった。窓の外には、ヨーロッパ風の幾何学的なとても美しいな公園、そこだけが別世界のようだった。

 入り口を入るとすぐに小会議室のような部屋があり、机と椅子、プレゼンテーション用のノートパソコンがセットしてあり、 すぐにBLP所長によるプレゼンテーションが始まった。

 BLPは、ドイツの団体によって1976年に創設された。組織的には小さいため、大きな施設は持たず、コミュニティーの中に入って活動する方法をとっている。ムンバイの総人口1100万人のうち、その約半分である貧困層が600万人、その内の60万人がスラムに住んでいる。世界最大のスラム街がここムンバイにあるのだ。衛生状態が劣悪であり、それがハンセン病が多い原因となっている。ハンセン病患者は日本のように隔離されることはなく、共同体の中で不自由を強いられながらも生活している。というより日本のような小さな国に比べてインドは大国であり、患者の数も桁違いに違う。収容する施設を作るよりは、コミュニティの中で治療を行い活動を行う方が、実際的であり、効果的であるようだ。

 BLPは都市部から40〜80km離れた農村地域にいる人々のケアも行っており、週に一、二回郊外に車で出かけてハンセン病患者を訪問している。片道100km近くも移動することがあるという。農村部の対策は遅れており、どれほどの患者がいるかまだリサーチ中である。

 ハンセン病患者の発見にはワーカーたちの力が欠かせない。ワーカーたちは、迷路のようなスラムの中に入って行き、皮膚に現れた「色斑」を手がかりに患者を捜すという。次に連れて行ってもらった低所得者用団地の一室を借りた「トレーニングセンター」にカルテがあったが、そのカルテには病歴の他、その人の出身地からどこに移り住んだか、家族関係、どのような教育を受けたかという履歴が全て載っていた。特に目を引いたのが、地図。スラムには当然「住所」というものがない。だから患者の居住地を特定するために、どの角を曲がってどうやって家までたどり着くかが図入りで記載されているのだ。

 元患者たちのリハビリの一環としては、先の「トレーニングセンター」で、日本の総領事館からODA一環として寄贈されたコンピュータを使ってパソコンを教えたり、女性たちに裁縫を教えたりしている。パソコンの画面を覗いてみたが、「ワード」を使った文書作成や、描画機能をつかったグリーティングカード作成が行われていた。このパソコンを教えているトレーナーは、小児麻痺を患った後にハンセン病にかかった元患者の青年である。指が変形しているが、非常に聡明で、上手にまた的確に指導していた。

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