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2004-04-29

フラメンコとインド

インド紀行も、とうとう書くことが尽きて、気が抜けてしまった。
気が付くと一週間・・・。
さらに先日は、フラメンコの発表会も終わり、これまた気が抜けてしまった。
気が付くと、さらにもう一週間経ってしまった(爆)
 これからは、次のインド行きまで(未定)、のんびり書くことにしよう。

 フラメンコは、足かけ3年ほどやっており、ようやく手足が自由に動くようになって楽しい盛り。発表会が終わって、新しい曲に入り、これまた張り切っている。

 フラメンコは、実は、三位一体と言われていて、踊りと歌、ギター(&パーカッション)が一体となって初めて、フラメンコと呼ばれる。俗には、フラメンコと言えば、踊りを指すが、本当はそうではない。
 フラメンコのギターも素晴らしい。絞り出すような哀切なメロディーの歌(カンテ)も素晴らしい。明るい曲調もあるが、暗く、哀切に満ちた曲調も多い。そう、どこか日本の演歌に通じるものがある情念の世界なのだ。それが、日本にフラメンコ人口が多い理由なのかもしれない。

 最近、よく聞くラテン音楽のサイト、フラメンコもタンゴも、サルサもある。24時間フラメンコに浸るには最適なサイト。軽いのりのフュージョン系もあれば、こてこてのフラメンコも流れる。フラメンコギターの天才「パコ・デ・ルチア
」や、カンテの王様「カマロン」の曲もしょっちゅう流れている。

http://www.batanga.com/sp/default.asp
ラテン系インターネットラジオ

 サイドバーの「お気に入りの音楽」リストのところにもリンクを入れた。やっと、リンクタグの使い方が分かってうれしい私。\(^_^)/

 インドとフラメンコ、全然関係ないようだが、実は密接な関係がある。
 そのお話は、つづきで。

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2004-04-14

女の子たち

two-girlsJPG.jpg

 このところ忙しくて、ばたばたしていたら、あっという間に一週間が経ってしまった。早い〜。 

 さてさて、インドで気が付いたことが一つある。それは、女性たちのこと・・・。

 まず、ホテルの従業員はほとんど男性だった。フロントにいるのも、ボーイさんも、エレベータの案内役も全て男性。食堂にいるウェータも全て男性。バスの運転手も男性。そういえば、なんと、サリーのお店の店員も全員が男性だった。着付けてくれたのも男性だったし、見立ててくれたのも男性。サリーを買うのは女性だから、女性の店員の方が良さそうなものだが、なぜか全て男性。それは、スラムの近くのサリーのお店も同じだった。

 CDショップでは、奥におっちゃんたち三人がいた。このおっちゃんたちも店主と店員。女性の姿はない。レストランの入り口で、ジュースを作ってくれたのも男性、中に入ったらウェーターがやってくるが、それも当然、全員が男性・・・。
 ただ一カ所、ちょっと覗いただけの「ノンベジタリアン」のレストランだけは、入り口に美しい女性が立っていた。外国人向けなのだろうなと思った。

 どこに行っても男性ばかり、女性が働いている姿が見られないのは驚いた。さすがに、ダラビ・アーバン・ヘルス・センター(病院)では、女性ワーカーがいたが、その程度。つまりは高学歴(即ちそれだけの学位がとれるのは、カーストが高いということ)になれば、男女は関係ないのだが、一般ではまだまだ女性の社会進出は進んでいないということだろう。

  スラムでNGO活動をしている日本人女性に、スラムの女の子たちは将来どういう職業に就くの?と聞くと、「結婚するか、メイドになるぐらい」だと言っていた。結婚が最大の就職口で、あとはメイドぐらいしかないのだという。英語がしゃべれると、外国人相手のメイドになれる可能性があるという。

 そういえば、ビザを取る時に、旅行社の人に、女性は「主婦」と書くと問題なくビザが取れると教えられた。

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2004-04-07

愛すべきインド人(2)

 三日目の昼、レストランで食事中、オーダーが来るまでの時間に隣のCDショップに出かけた。店のおっちゃんにあれこれお勧めを聞いて、CD三枚をゲット。映画音楽のCDが欲しかったので、おっちゃんに勧められるまま、二枚CDを買う。一枚は、インドの映画スター「シャルク・カーン」のCD。ジャケットにえらくバタくさい顔が載っていて、そのお顔につられて買った。あと一枚は、シタールのCD。一枚、300円ほど。シタールはさすがに少し高かった。

 映画関係では、ビデオCDが出ている。これは、日本のパソコンでも再生できるようなのでお得かも・・・。といっても、私も家に帰ってから知ったのだが・・・。ただし、字幕は英語になってしまう。

 さてCDショップでは、あれこれ聞かれるがまま、「今隣で食事してんねんけど、料理が来るまでの間、時間があるから見に来てん」と答え、公演をやっただのなんだの(まるで、旅のドサ回りみたいだが)、適当なことを言う。。びっくりしたのは、レストランに戻って食事している時、おっちゃんたち二人がどやどや入ってきて、もっとCDいらんか?と言ったことだ。すげー、隣のレストランまで探しにきたんや。ご苦労さん。。。でも、悪いなぁ、no more CDsよ。

 あと、堂々のグランプリのおっちゃんは、空港の免税店のおっちゃん、あかんで、そんな「ぼった」したら・・。O君が「なんかおかしいんですけど」と言いに来た。56ドルほどなのに、73ドルだというんだという。ちゃーうやろって言うと、紅茶1個に付き1ドルのtax(税金)がつくんだという。おめー、ここは免税店だろーが、なんで税金が付くねん。duty free shopでしょうとしばらく押し問答すると、わかったわかったと電卓を取り出し、8かける3は24やな〜と見せながら、ようやくあきらめて素直に電卓を叩き始めた。よしよしいい子だ。それにしても、もうちょっと「こまし」な嘘はないもんかねぇ。面白いおっちゃんたち・・。そのくせ、ぼったする割には計算が弱くて、結局、おっちゃんたちお釣り間違えて2ドルも損したらしい・・。愛すべきインド人たち。

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2004-04-06

セント・キャサリン・ホーム

catherine.JPG

 最後に立ち寄ったのが、これまたカトリックによって運営されているセント・キャサリン・ホーム。
 これは、丁度先日訪問した「ジョティス・ターミナル・ケア・センター」の対極にある孤児院だ。ジョティスの方は、AIDSにかかった大人、特に女性を対象にしている。AIDSにかかった大人から生まれた子供もまた、棄てられる運命にある。ここでも、男の子は棄てられず、棄てられるのはもっぱら女の子ばかり。だから、この孤児院も、女の子ばかりがいる。HIVが陽性の子供もいれば、陰性の子供もいる。

 回りはあまり環境が良くないが、このホームの中に入ったら、一転、緑に囲まれた綺麗な敷地で子供たちがのびのび暮らしていた。スラムの子供たちが、どちらかというと表情が無かったのに比べれば、こちらの孤児院の子供たちは元気がよく、目が生き生きしていて、あっという間に取り囲まれて、どこから来た、名前は何といろいろ聞いてくる。

 この孤児院では、0才から16才ぐらいまでの子供が保護されている。たまたま2才ぐらいの子供が、トイレトレーニングしていた。10人ほどがおまるに座って神妙な顔つき・・・。思わず笑みがこぼれた。でも、その中にいた女の子は、片方の足の指が全てない。ゴミといっしょに棄てられており、足が何トンものゴミの下敷きになって挟まり、切断、そこを猫にかじられていたという。

 外に出ると、子供たちがわーと寄ってきた。ブレークダンスを踊るO君は、すっかり人気者。
 この頃には、私も「あなたのお名前は?」「私の名前は○○です」と会話できるようになっていた。一人、なんと「サラスバティ」という女の子がいた。めっちゃ美人で、なるほどとうなずいた。インドでは、ヒンズー教の神さまの名前を子供につけることが多いという。その子も女神サラスバティからとったのだ。「私の名前は神さまの名前なのよ!」とその子が言った。すると隣の子も負けじと「私も神さまの名前よ!」という。「何てお名前なの?」って聞くと、「メアリー」。なるほどマリアさまなんだ!

 時間がなくて、あまり立ち寄れなかったため、次回は最優先で、ここに来ると約束して出発した。

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2004-04-03

インドの小説

lahiri.JPG

インドの小説の紹介です。

 といっても、在米インド人(英語にすると、それこそ「インディアン・アメリカン」になって非常にややこしい。コロンブスの間違いは未だに混乱を招いておりますなぁ。)女性が書いた小説です。彼女の名前は、Jhumpa Lahiri(ジュンパ・ラヒリ)です。ロンドンで生まれ、ロードアイランドで育った、つまりは故国を知らないインド人です。

 ピューリッツァ賞を受賞した「Interpreter of maladies」は、短編小説集です。邦訳(「停電の夜に」)も出ているようです。邦訳の方は読んでいませんが、短編集の最初の小説の題名を取っているようです。短編なので、英語で挑戦しても読みやすいと思います。邦訳も良さそうです。

 なかなか味わいのある作品集です。何というか、余韻がアジアンテイストなのです。私にとっては、非常に肌にすっとなじんでくる作品集で、何度も読み返したくなるような余韻をもっています。人間がいとおしく、切なく、悲しく、さまざまな感情が静かに喚起されます。この中で、私の好きな短編は・・、おっと、止めておきましょう・・・。

 作品には、インドを知らないインド人、故国から離れて暮らすインド人の姿が多く描かれています。インドに暮らすインド人の話もあります。あーでも、外国で暮らす外国人(故国を離れて暮らす「外国人」)がアイデンティティをどこに置こうか迷いつつ、心身や価値観を漂流させつつ、けど、インドに繋がっているという非常に中途半端で、でも何かしら居心地のよさそうな感じもうける、非常に不思議な小説です。

 ぜひ、お勧めします。隣の「最近読んだ本」にリンクをはっておきます。

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2004-04-01

ジュースは甘いと限らない

インドでは、あまり食事を楽しんだとは言えない。というのも、オペレッタの公演があるため、無茶ができなかったからだ。ホテルで、日本円で食べているのと同じような食事をしていれば、まず大丈夫だと言われた。ホテルの食事は、総じて美味しかった。

 一つ大失敗したのは、二日目のお昼。カレーを頼んだことだ・・・。カレーと言ったらウェイターがけげんそうな顔をした。考えてみたら、当たり前。インド料理は全てカレー、カレーというメニューはない。だが、料理の名前が分からない・・。仕方がないので、適当に頼んだ・・・。カレーソースのピラフの中に骨付きチキンが埋まった料理が出てきた(美味しかった。でも、ほんとは日本でいうところのチキンカレーが食べたかったんだけど・・・)

 三日目の昼、ようやくインド料理のお店に出かけた。待っている間、外のスタンドでライムジュースを飲んだ。これは大きなすりこ木を使って生のライムを目の前で絞ってくれる生ジュース。甘くてとても美味しい。

 インドのレストランは、ベジタリアンとノン・ベジタリアンに分かれている。もちろんノン・ベジタリアンの方が高い。そこは「Tropicana」というちょっと高級そうなレストランだった。ベジタリアンの方のレストランに入る。メニューを見ても、さっぱり分からない。ウェータのお兄ちゃんに、何かお勧めは?と聞くと、ざーと説明してくれる。慣れているのか、私たちを見て、マイルドかスパイシーかホットかの区別を教えてくれる。ホットは本当に辛そうなので、スパイシーにする。なかなか手慣れたもの。どうせ分からないので、お勧めに従って注文してみる。全体としては美味しい料理が揃ったようだ。特にドーサのアレンジ版は、クレープ、いや韓国料理のパジャンのようで非常に美味しかった。ここに来てようやく、ベジタブル(菜っ葉の名前は不明)カレーを食べる。

 ベジタリアンで、これだけ多種類の料理が揃うのに感動した。野菜だけでよくこれだけというほど、メニューが豊富。インドに来たら、これからはベジタリアンになろうと決心する。しかし不思議な料理もいくつか来た。一番傑作だったのは、焼きそばをクレープで巻いたような料理。味は悪くないが、見た目が不思議だった。レモンライスは、ちょっと強烈な味で、慣れるには時間が必要かもしれない。

 食後、ウェータのお兄ちゃんが、Indian Lovely sweet!Lovely sweet!大人気だと一生懸命勧めるので、それを頼んだ。うーん、食べた感じは、オートミール(か、ライスプディング)をココナツミルクで煮詰めたようなもの。美味しいが、ちょっと舌触りが、「おから」に似て、それほどlovelyとは思えなかった。

 先ほどライムジュースが美味しかったと評判を聞いたK氏が、デザートにそれを頼んだ。sweetか、nonsweetか聞かれ、nonsweetと答えたK氏。一口飲んで、「これ、飲まはったんですか?」と叫んだ。一口飲んでびっくり。やって来たのは、しょっぱいライムジュースだった。なんともはや、ジュースが甘いというのは固定観念でした。
 

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