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2005-02-10

回遊魚の考察について

久しぶりに、ココログにやってきた。
 なんだか、いつのまにか3ヶ月も経ってしまった…。

 まぁいいか、人生は長い(爆)

 いつのまにか2004年が暮れて2005年が明けた。あれこれ調子を崩していたので、今年は年賀状もクリスマスカードもパスして、楽ちんな正月だった。

 2004年は、吉凶混合の年だった。
The darkest hour is that before the dawn というではないか。真っ暗闇を通らないと夜明けは来ないのだ。

 正月にはresolution(新年の決意)をするのが西洋の習わし(日本でもそうだろうけど)、何を決意したのって聞かれたけど、なかなか公明正大に言えるような決意ではなくて、口ごもってしまった。
 せいぜい I live my life って言うのが精一杯。私は、自分の人生を歩くのだ!

 ちなみに西洋人の新年の決意は、日本人のように何かの「向上」を願うのではなく、野菜をたくさん食べるとか、水をいっぱい飲むとか、そういう「向上」とは関係ないことらしい…

 私の人生のすべての元凶は、うちに生息する「回遊魚」である。別名「ふーてんのトラ」ともいう。つまりは、定住生活をするのではなく、たまに家に帰ってくるという放浪者である。子供の頃のあこがれが「ムーミンに出てくるスナフキン」だから、本人としては、見事、あこがれを現実にしたわけである。
 「回遊魚」および「ふーてんのトラ」は、家庭を持ってはならない。妻子を不幸にするだけである。本人は、気楽に暮らして幸せなのだから、始末に負えない。しかも、大酒飲みで、女癖も悪いからとうてい始末に負えない。
 
 すべての不幸の始まりは、「回遊魚」を夫にしたことにある。

 なぜ「回遊魚」という言葉を思いついたかというと、私には忘れた頃に連絡をくれる男友達がいるからである。数年に一度、忘れた頃に連絡くれて、元気〜?などと近況話をしたら(安心するのか?)しばらくするとまた、音沙汰がなくなる。どうも、「回遊魚」的人間に好かれる運命にあるらしい。

 娘にしみじみ「回遊魚の親玉(夫)」について話したら、「おかーさんも回遊魚になれば」と言われたので、これから私も回遊魚のように優雅な生活を送ることにする。

 これらの背景を何も知らない夫は、娘に「おかーさんも回遊魚になるんだって」っと言われて、「インド洋に生息するのか?」と明るく答えた。

 あほである…
 

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