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2005-03-20

casualty (戦闘犠牲者)

hotel 今日のA新聞は、物騒だった。印パ双方で核戦争になったときの、予想犠牲者数が載っていた。ムンバイ、1190万人の都市に核攻撃があった場合、瞬時に爆心地1.1キロ以内で230万人が死ぬそうな…。

 標的は、首都デリーじゃなくてムンバイなんだ~!がーん。やはり経済の中心はムンバイだもんね。と妙に納得したのでした。妙に納得したのには訳がある…。

 今回のインド滞在では、初日にデリーから合流して下さった中島氏のおかげで、これまでより格段に安いホテルに泊まることができた。「先達はあらまほしきものなり」で、私たちは今後のインド訪問の糧にしようと、ひたすら中島さんの後について歩いては、することを真似ようと目をこらし耳をそばだてておりました。

 宿を決めるときには、まず「部屋を見せて欲しい」とフロントに頼む。そうすると、どこのホテルでも空き部屋を見せてくれる。中の様子と料金を聞き、それを何軒かやって比較した上で、一番良さそうなところを選ぶ。

 今回は、かの有名なタージマハールホテルの裏にあるRegentホテルに決めた。一泊二人一部屋が2200ルピー。税込み、朝食込みで一人に換算すると1100ルピー(約3000円)だ。天井が高く、エアコン完備、お湯も出るし、十分きれいで全く問題はない。

 このホテル、アラビア商人の御用達らしく、白いベール&頭にわっかをつけたアラブ人をたくさん見かけた。ホテルのメニューも、アラビア語併記。考えてみれば、ここムンバイ(ボンベイ)の海の向こうはアラビア半島。ボンベイは、昔からアラビアとの貿易の玄関口なのだ。その他に、南アメリカから来ているビジネスマンにも会った。車のレザー(革)の貿易をやっているという。

 ムンバイの海の側に建っているタージマハール・ホテル。イギリス植民地時代に建てられた「インド門」に張り合ってTATA財閥の創始者が建てただけあって威容あふれる建物。海の方を向いているのには訳があったのだ。その昔、飛行機のない時代は、皆、船でボンベイに着く。その時、最初に目に入った建物が威風堂々としたタージマハール・ホテル。インドの誇り。

 うーん、なるほど。海の玄関口だったのね…。
 
taji
 右がインド門、左がタージマハール・ホテル。港の外から振り返ると、タージマハール・ホテルの威容は堂々たるもの。

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2005-03-19

おもろい商売

噂には聞いていたが、まさか、実際に目にできるとは!

 ようやく見ました~!「体重計りやさん」!
 これは、れっきとした商売らしい。体重計一つで商売できます。で、まさか本当に商売として成立しているとは思わなかったのです。道路端に座り、目の前に体重計を置いて、お客が来るのを待っているだけ。かなり人気の商売らしい。で、本当に靴を脱いで神妙に体重を計っているインド人ビジネスマンを発見!

 この商売、体重を計らせてあげるだけのものです。体重計って、今時の体脂肪率云々ではなく、ただ針がぐるーとまわって数字を示す、昔ながらのもの。
 お金払ってまで、体重を知りたいものらしい…。でもまぁ、考えてみたら、一家に一台必ず体重計がある日本の家庭もヘンかも…。しかも朝、昼、晩と計って一喜一憂していたりするので、インド人を笑えないのだけど…

 うーん。さすがに写真に撮るのは悪いかと思って、シャッターチャンスを逃してしまいました。次回、必ず撮ることにしようっと。

fruit
 美味しそうなフルーツやさん。

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2005-03-05

無事帰国しました

 無事、帰国しました。

 今回は、ホテルのバスで滑って転んで、大理石の洗面台に頭をぶつけて、大きな「こぶ」を作った以外は、おなかを壊すこともなく、ものをとられることもなく、どちらかというと良い(おもしろい)インド人に会うことが多く、何事もなく無事に過ぎました。インド料理もいっぱい食べて、またもやインドに行って太って帰って来ました。これから、日本で、絶食します(^^;

 インドはいいなぁ。
 インドでは、一日に一つしか仕事が進まないのです。日本みたいに、午前にあれやって、午後からあれやって、夜にあれということは絶対にできない。一日に一つがせいぜい。一日一個、うむ、良いペースだ…。今日の分をやり終えたら、それで満足して一日が終わる。日本みたいに未来を担保にしてさらにがんばるって、良いことかもしれないけど、がんばりすぎて早死にしたら、担保にした分が丸損というか、元の木阿弥っつうか…。
 
 またぼちぼちと、旅行記を書いて行きます。

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