« 2005年6月 | トップページ | 2005年8月 »

2005-07-19

London同時多発テロ遭遇

P7060002Lucky なのか Unluckyなのか分かりませんが、初めて行ったロンドンでテロに出会ってしまいました。

←赤いネオンが宿、その先を左に曲がるとRussell square駅、遠くの信号の交差点を曲がったところがTavistock Placeのバス通り

ロンドンでの宿は、市内中心部の大英博物館近くのB&B(Breakfast&Bed)。日本で言うところの民宿かペンションと言ったところで、昔は家の空き部屋を開放していたらしい。大体10室前後の小さなホテルという感じで、結構豪華な(?)朝食が付く。部屋はシングルから家族用のトリプルまであり、バストイレ付き(en-suiteという)と共同バストイレの部屋がある。もちろんバストイレ付きは高い。予約が取れなかったため、二日目以降は共同のバストイレのBasic roomに移動したが、何の不自由も感じなかった。各所にバストイレがあるし、ホテルによっては共同の方がお風呂が大きかったりする。日本人は夜ゆっくりシャワーにかかるが、向こうの人は朝シャワーに入る人が多いせいか、はたまた時間帯が違うのか、朝も夜もシャワーの時間がかち合ったことは一度もなかった。

 ところでこの宿、住所はTavistock place, Russell square! Tavistock Placeはバスが爆破されたところ、Russell squareは地下鉄が爆破されたところ、どちらも宿から100mほど、歩いて数分のところである。多くの方が亡くなったKing'sCross駅も歩いて10分ぐらいのところ、ほんと目と鼻の先だった。前日、私は最寄り駅のRussell square駅を利用したし、朝同じような時間にKing'sCross駅周辺から大英博物館に行くために、あのバスの二階に乗ってTavistock Placeを通っていた…

 その日は、朝食でインドのマハバーラタを研究しているというおじさんと話が弾んで、予定より少し時間が遅くなってしまった。地下鉄の駅に着くと、Emergency(緊急事態)で閉鎖、みんながわやわやと集まっている。そのときは、人身事故でもあったかと思い、一駅先のHolborn駅まで行くとここも閉鎖。皆、困り顔。ビジネスマンのおじさんが、「仕事か?」と聞くので、「休暇で来ている」と答えると、「なら、バスで行きなさい」とアドバイスしてくれる。

バスに乗って、ロンドン博物館(ロンドン大火の様子やロンドンの町のでき方が分かって良かった)に行き、その後、セント・ポール大聖堂へ。このドームのてっぺんに登るのが私のあこがれだったのだが、行くと、bishopのお兄さんたちが門の前に立ちはだかって、sequrity(安全)のために閉鎖だという。話を小耳に挟んだところによると、bombing(爆弾)がどーたらこーたら、テロか?と聞くと、確かなことは分からないがexplosion(爆発)があったらしい。何時に開館になるかは不明。おそらく無理と判断して、バスに乗ろうとするが、バスも止まったらしい…??セント・ポール大聖堂の近くに、information centreがあるので、そこで聞くと、地下鉄及びバスの公共機関は完全に止まったという…。なんともはや…

 でも、私はロンドン大火記念塔(ここも塔のてっぺんまで上がれる)とロンドン塔に行くぞ!と思い、おねーさんに聞くと、歩いて行くことは可能らしい(好きにすれば~という感じだった(^^;)

 大火記念塔は、改装のため閉鎖(T.T)、ロンドン塔まで歩く途中、マクドナルドのテレビ放送の前で人だかりができているので見ると、なんと宿の近くのRussell square駅が映っていた。あの閉鎖は爆弾だったのだと納得、市内数カ所で爆発があったらしい… 隣にいたイスラム系のおねーさんは、Aldgate駅で爆発があったと聞き、泣き出しそうになっていた…

 どうするべかと思いつつ、なぜか足はロンドン塔に向かうのであった。その頃、町中あわただしく、あちこちでパトカーや救急車のサイレンが聞こえた。ヘリコプターも出動しだした。

 ロンドン塔…。なぜか開いておりました。後で寄ったロンドンのタワーブリッジ(跳ね橋、ここも上の展望台に上がれる)も閉鎖だったので、この日開いていたのは、ロンドン塔だけだったということになる。妙に閑散としたロンドン塔の中に入り、ゆっくりと3時間ほどかけて観光(^^;;; 日本語のガイドテープを借りたので、すっかり隅から隅まで堪能し、中のカフェでご飯も食べてのんびりしていた頃、時差の関係上、日本はゴールデンタイムで大騒ぎだったはず…。

 ロンドン塔のTraitor's gate、かのエリザベス一世も囚われて、舟でロンドン塔に送られた場所を、外から写真に納めていた時、近くを通りかかった英国紳士の、同情するようななんとも言えない表情が忘れられません。

P7070007←皆淡々と黙々と歩きます


 ロンドン塔を後にして、さすがに早めに宿に帰ろうかと、そのころは交通機関は無いと分かっていたので、歩いて帰る覚悟だけ決めて歩き出した。大通りに出ると、突然、目の前に人波が…。ロンドンの町中から人が大勢歩いて来る。これを見たときは、さすがにパニクりました。なんだなんだ…?お店もどんどん閉まっているし、なんだなんだと、近くを歩いているおじさんに尋ねると、「会社も閉鎖され帰宅命令がでたので、歩いて帰る」そうな。「ええ?何か危険があるの?」「特に、危険はないから大丈夫だ。力になってあげたいけど、君とは反対方向だから、がんばって帰んなさい」と励まされる…。

 大きく深呼吸をし、行きに通ったマクドナルドに寄ってテレビを見る。トイレに行っておかなくてはと思い、トイレを借りる(地下店舗はすでに閉鎖)。自宅に連絡しようかと、マクドのインターネットを借りようとするが、インターネットもシャットダウンだと断られる。お店がどんどん閉まって行く中、ファーストフード店だけは最後まで開いていた。

 自宅に電話した方がいいかと思い、公衆電話から掛けようとするが、うまく行かない。何回かやった後、頭に来たので、コレクトコールで掛けることにした(緊急事態だし…)。

 お店が閉まるのを見て、晩ご飯を確保した方がいいかと思い、たまたま開いていたお店でパニーニを買う。
 
 ひたすら歩く… 暑い…
 暑いうえに歩き疲れたので、開いていたスターバックスに入る。ところが、「すでに閉店して、お水一杯ならあげられるけど、それ以上は無理だ」と断られる。緊急事態だし仕方ないね。「お願いだから、そこに少しだけ座らせてもらってもいい?」と頼むと「好きなだけ座って行って」と言われ、しばらく休憩。
 また歩き出す…

 朝通った、Holbornの駅まで来て、あと少しだ…と思ったが、少し行くと、Russell squareの公園あたりから、一帯すべてがblock out(閉鎖)されている。テープで囲って、通してくれない。私のホテルはその先だって言っても、無理…。そこで、日本人から声を掛けられる。その人は、JICAのシニアボランティアでアフリカで働いており、休暇で来ていた女性。聞くと、King'sCross駅近くの宿らしく、私と方向が同じ。お巡りさんに聞くと、ぐるーーーと回れという。仕方なく二人で歩き出す。

P7080008

 ようやく宿の近くに来て「あそこが私のホテルだ!」と叫んで入れてもらう。宿に帰ると6時、二時間以上も歩いたことになる…。さすがに歩き疲れて、夕食も食べずにシャワーにかかって、午後8時に寝る(ロンドンは10時頃まで明るいので、日本の感覚的には4時ごろに就寝する感じ)。エジンバラの牧子さんから心配の電話が入り、部屋のブザーが鳴るが、何事か分からず(説明を受けてなかったので)、出なかったら、宿のおじさんに怒られる。「おめーは、なんでブザーを鳴らしたのに、すぐに来ないんだ!?」「ともかく、ブザーを鳴らしたら、すぐに出てこい!分かったか!」(私はパジャマのまま廊下で、意味が分からず呆然)「私は、完璧寝てたので気づかなかった」「完璧に寝てたって、何時に寝たんだ?」「8時」「8時?」「わたしゃ、今日、2時間も歩き通したんたんじゃ~!」「…」

 この一見で、Ms No 31(ルームナンバー)として顔を覚えてもらいました…。

 それにしても、ロンドンの人々は平静でした。何かパニックになったり暴動が起こりそうな雰囲気は何も感じられず、ひたすら淡々、黙々と歩く感じでした。次の日からも、「こんなことで私たちの日常生活を乱されてたまるもんか!」という気概というかプライドが感じられ、ともかく現状復帰が早かったです。地下鉄の復旧は当分無理ということでしたが、バスは次の日から復旧。映画やミュージカル等の娯楽も、数日で平常通りに戻っていました。ただ、人の集まる観光施設は、一部制限あるいは閉鎖されている場所もありました。

 同じ宿に泊まっていた日本人は、爆発の音を聞いたそうです。大きな音で、「雷」だと思ったそうな。彼はロンドンが初めてだったため、「イギリスの雷は大きいな」と思ったら、爆発だったそうな…。

| | コメント (13) | トラックバック (0)

2005-07-02

man eater

王女Medeaの続き…

 今日、できあがった台本の打ち合わせ&手直ししていたのですが、傑作な会話が…
 ちなみに、原作者はPeter というアメリカ人です。日本語、かなり上手です。

 台本の関係上、ジェイソンが結婚するはずの相手(本来は居留地の王女、この劇では王子)は同性愛者になります(王位継承権の問題等で、そうなりました)
 王子が同性愛者だということを、示さなければなりませんが、ニュアンス的にはnutralな言葉を使いたい。で、あーでもないこーでもないと考えている途中…

 peter 「昔、江戸時代とかに、そういうのなんて言ってた?」
 私   「男色?」
 peter 「ダンショク?ダンショク! うわぁ、かっこいい!!」 (と大喜び)
 私   「???」
 Peter 「だって、男 食べるでしょう。かっこいいじゃん」
 私   「おとこ たべる?もしかして、男食?」
 peter 「そうそう」
 私   「色の方だよ。女色ともいうし」
 peter 「なんだ… 色の方か…」
私   「…」 (日本人的には、色の方がインパクトあるんですけど………)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

王子(!)メディア( Medea)

やっとこさ、二つ目の仕事がなんとかできて、今日から、イギリス行きの準備に入ります…
間に合うんだろうか…?? でもまぁ、ジャングルの奥地に行くわけでもないので、なんとかなるでしょう…

 二つ目の仕事は、非常にユニークで、非常に楽しい仕事です。日本語・英語同時進行のbilingualな劇の脚本を翻訳することになりました。題材は、王子(!)メディア。そうそう、ギリシャ神話の王女メディア(裏切った男への復讐のため、自分の子どもを殺す)話なのですが、trans-gender、男女入れ替え版なのです。メディアのとりかえばや物語って感じでしょうか。設定が、男女入れ替えだけでなく、その社会的関係も逆さまなのです。つまり、メディアが男、ジェイソン(イアソン)は女、であり、この社会では、男が家を守り、女が社会を取り仕切っているという設定になっている。皇位継承権ももちろん、女にあって、男にはない…

 日本語には、男言葉と女言葉があって、しかも言葉の使い方で各人の関係性が如実に表れます。だから、最初は非常に頭が混乱して、???になりました。男のメディアが女言葉しゃべると、おかまっぽくになってしまうし、ということで、散々悩みましたが、そのうち、そのままでいいのではないか、メディアが男言葉(男なので当然)をしゃべっても、子育て家事をするということに何の矛盾もない…、母性愛は母親・女にだけあるのではなく、子どもを思う気持ちは父親だって同じ、人間として同じなんじゃないかと思い至るようになりました。

 私の知っている外国人で、子どもが非常に好きで、子どもと一時も離れたくない、という人がいます。もし万が一、離婚することになったら、日本では父親が面会権あるいは養育権をとるのが難しいため、そんなことは考えるだに恐ろしい、なぜ日本では父親の権利がこんなに軽いのかと憤慨している人がおりましたが、その人のことを思いながら、訳しておりました。結局、人間としての愛情、嫉妬も憎しみも、男女変わりないのです。

 メディアは、金の羊毛を盗み、弟(劇では妹)を殺し、祖国を裏切って、追放されます。ジェイソンへの愛のためにやったのです。いわば、居留民、外国人です。といことで、メディアの母国語は「日本語」、ジェイソンは「英語」、回りの人たちは「英語をしゃべる人たち」、国から付いて来た従僕だけは日本語で意思疎通できるという設定になっております。

 アカデミー賞監督賞(だったと思う)をとった「Lost in Translation」東京が舞台の、ちょっと辛めの「異国の外国人」の話。アメリカで公開されたときは、日本語に字幕がつかなくて、文字通り、観客は「さっぱりちんぷんかんぷんの不安」を主人公(ビル・マーレー)と一緒に味わうことになります。これと、同じく、このバイリンガル劇の観客、外国人は日本語が分からず、日本人は英語が分からず、それぞれがやきもきしながら、見ることになるのでしょうか…。帰国後、稽古について、台本の手直しなどある予定ですが、ちょっとわくわくどきどきです。

 訳していて一番楽しかったのは、実は、「お下品な言い回し」。普段は絶対に口に出せないようなことを、主人公に言わせる(台本にあるので仕方ありません(^^;) のは、ちょっとした(いえ、かなりの)快感でした…

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005-07-01

リチートラ

 a1_01
サルヴァトーレ・リチートラ(Salvatore Licitra) のコンサートに行って来た。

 彼は、私のお気に入りのテノール歌手。映画「耳に残るは君の歌声」に出てくるオペラ歌手の声の吹き替えをした人物である。この映画を見て、トスカの「星は光りぬ」を聞いて、そのまま、心がめろめろに溶けてしまった…。去年は、わざわざ東京のミラノスカラ座公演「マクベス」まで見に行った…
 
 今年、「イル・トロヴァトーレ」のマンリーコ役で来日。本当は見たかったが、チケットのあまりの高さに断念。一応、ぴあの電話は繋がったのだけど(T.T)

 コンサート、大阪のシンフォニーホール。前から10列目ぐらいで、ちょうど目線の高さ。つい手の届くところにいる…。オペラグラスで見なくても、顔もばっちり…!「癖」なのかピアノの位置かげんなのか、ちょうど、舞台に向かって左の方を向いて歌っていたので、もろ私の正面…。ずっとこちらを向いて歌ってくれていたので、ものすごい大満足でした。声の振動まで伝わってくる場所でした… ものすごく豊かな声量、そのわりに、体格がやっぱり「かわいい」って印象が残りました。根っから明るそうな、イタリア人って感じ… あまり深刻な役はできないかも…!?

 大阪のコンサートは、歌曲中心。オペラのアリアは演目的には少なかったですが、観客からのリクエストに応えて(!)、「誰も寝てはならぬ」、トスカのアリア二曲(もちろん星は光りぬも)、道化師の衣装をつけろ!などなどあって、カタリカタリ、わすれな草も歌ってくれて、非常にのりのりのアンコールで、大満足でした…!

 あー、やっぱり、男の人の声はいいよねぇ~

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年6月 | トップページ | 2005年8月 »