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2005-09-26

インドから無事帰国しました

sanchi←サンチーにあるアショカ王が建てた仏教のスツゥーパ。2000年前のもので世界遺産です。

皆さま、お久しぶりです。
 昨日、足かけ9日間の行程を終えて、無事にインドから帰って来ました。今回は、ムンバイ、ボーパール(Bhopal)、アーメダバードの三カ所を回って来ました。

 ものすごく大変でした~~~!

 着いてすぐ、関空からタクシーでコーラスの発表会会場に直行して、歌まで歌って、家に帰りましたが、帰国の飛行機の中で風邪をひいたのか、家に着く頃には38度の熱が…  きれいに発熱してしまいました(今も、熱あり)

 今回のインド、前半は順調だったのですが、なんと日本の旅行社がインド国内線の飛行機の席を予約するのを忘れて(お金は払って、チケットまで発券してくれたのに、席が取れてなかった??)、国内線全便、席がない!。飛行場に行ってから、それが分かった上に、Bhopal行きの飛行機は一日一便、それもプロペラ機の小さな飛行機なので、席の余裕はなく、次に飛行機が取れるのが2日後!
 しかし、他の選択肢はなく、Bhopal行きは2日後にして、急遽その日の晩には、一日4便あって席に余裕もあったアーメダバードに飛ぶことにしました。
 Bhopalでは、コンサートの準備をして待っていて下さったのですが、急遽2日後に延期になってしまいました。それは言葉では言い尽くせないほど大変なことだと思うのです。会場の準備、来て下さる方々の連絡(100人以上集まっていました)から、後、ご家族の予定変更(会議出席変更やら帰郷の便の変更)、ものすごく大変なことだと思うのですが、快く2日後の延期を受け入れて下さったインドの方々の心の大きさに脱帽しました。

 アーメダバードでも、3日後の予定が急遽2日繰り上がったわけです。急遽アーメダバード行きが決まり、その日泊まるところもない。急遽連絡して、アーメダバードでお会いする予定のKさんがホテルの手配もして下さいました。こちらでも、臨機応変、柔軟な対応をして下さり、これまた感謝でした。

 ムンバイが雨で、飛行機がだだ遅れ。1時間の遅れはかわいいもの、3時間遅れでも、飛べばめっけもんという感じです。ひたすら飛行場で、待つ、待つ、待つ…。インド人は誰も文句言わずに、辛抱強く待っています。日本だと30分遅れただけで、大騒ぎになるのだから、みんな辛抱強いのです。

 とまぁ、インドの懐の大きさと、融通の利く心の大きさ(時には、融通が利きすぎて、つまり何でもありになって困ることもあるのですが)、を実感した旅でした。

road
←ボーパールから、サンチーまでの路。ものすごい悪路をものすごいスピードで、しかも対向車とはギリギリのところですれ違い、飛行機が落ちなくても、きっと自動車事故で逝ってしまうかもと思ったほどでした。

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2005-09-12

フラメンコの発表会

fla1←一番左で踊っています

一大イベントが終わった…
選挙じゃなくて、フラメンコの発表会!なんせ舞台で踊るのですから、緊張もいたします。今年は、タンゴ・デ・マラガとガロティンという曲を踊りました。タンゴ・デ・マラガの方は、何故か前列で踊るはめとなり、緊張することこの上なし。でも、生ギターと生カンテ(歌)で、踊れるのは、とっても気持ちがいいことです。ガロティンというのは、お帽子を使う、ちょっと小粋で素敵な踊りです。

 ともかく、この年になり、スポットライトを浴びることも、お花をいっぱい頂くのも、普通は滅多にないことなので、張り合いもあるけど、緊張もするという感じです。若い頃に比べて、欲がないので(あわよくばフラメンコダンサーになろうとか(^^;)、人それぞれそれなりに自分の目標に向かって努力できるところが良いところなのでしょう。

 舞台用のメークでも大騒動。私は目が一重なので、難しいのでございます。当日、リハ前に失敗して、目の回りのメーク全部落として一からやり直した時は、正直、焦りました…

 たくさんいただいたお花、花瓶に生けて、それからせっかくなのでフラワーアレンジメントを2つ作りました。お花があると家の中が華やぎます。

 次の日は、放心状態で、動けませんでした。(Un) arranged marriage (Bali Rai)というイギリス在住のインド系イギリス人の書いた本を読み終わりました。ううううー、青春文学って感じ。インドでは、未だに見合い結婚(昔の日本みたいに、結婚式当日まで顔を知らない、親の決めた相手との結婚)が普通。この男の子も17歳になった日に、強制的に結婚させられることになります。親の考えと自分の考え、インド人コミュニティ&文化的葛藤と自立した個人として生きることの葛藤などが、かなり正直に書かれております。

 「大人」になってしまった今となっては、もう少しうまくやりようがあるのだろうにって思うのだけど、それは大人の考え。15,16歳、学歴もなく仕事もなく、親に依存して生きなければならない「子ども」にとっては、しかも、親も親戚もしきたりも文化も投げ捨てて、出て行くほどの力があと少しだけ足りない「子ども」にとっては、辛い辛い日々なのでした。自己を確立するというのは、個として生きると言うことは、実は大変なことなのです。

 少しほろ苦い青春の味がしました…。

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2005-09-08

リゴレットの酒池肉林

今日は、ようやくヒンディ語の先生が見つかったので、大阪まで出かけていた。若いおねえさんといっても、主婦なのだが、ダンナさんは領事館に勤めているらしい。ほんとは、京都で見つかるといいのだけど、これもほんととっても不思議な縁で見つかったので、このご縁を大切にしようっと。

opera1

 さて、ロンドンでの目玉の一つは、あこがれのロイヤルオペラハウスに行くこと。ちょうどロンドン滞在中に、オペラの公演があったので、インターネットで予約しておいたのだった。インターネットって便利…。クレジットカード決済で、チケットが買えるのだ。しかも、好きな席を指定できる…。飛行機が遅れるとか、体調が悪いとか、はたまたイギリスに行けなくなったとかということも考えられるため、天井桟敷の安い席(8400円ほど)の席を予約した。もっと安い4000円台の席もある。当日、ブックオフィスに行って、名前と控えを見せれば、チケットを受けとることができるのだ。

 演目は、ヴェルディの「リゴレット」。リゴレット役が、な、な、なんとホロストフスキーさまだったので、ラッキーでした!ジルダ役は、エカテリーナ・シウリーナ。私としては、不満だったのが、マントヴァ公爵のローランド・ヴィラゾン。いえ、天井桟敷にいるのが悪いのかもしれませぬが、やっぱり声が遠いのですよ~。声量の差がちと現れてしまいました…。

 それにしても、旅疲れの目を覚ませてくれたのが、第一幕。第一幕は、いわゆるマントヴァ公爵の酒池肉林を表しているのですが、文字通りの酒池肉林でございました。なんっつううか、以前にDVDで見たことがあったので、まさかとは、思いましたが、ほんと男女が素っ裸で現れるのでございますよ。しかも、なんつうか、リアルな動作をするし… こんなんやるの、イギリスだけなんでしょうね~。思わず、オペラグラス(双眼鏡)で、しげしげ眺めてしまいました…。もっと近くで見たかったとか(`´)ノ☆(((*;・)ゴメンナサイ  いえ、あれは、普通の人間には心臓に悪うございます。

 このすげー演出を見たい方は、輸入盤(リージョンフリー)のDVDをどうぞ… 
 左のリンクに画像を載せております。いろいろ出ていますが、これがその問題のもの…。アルバレスが非常によく歌っていて、私としてはお気に入りのDVDの一つです…
「歌劇「リゴレット」2001年、コヴェント・ガーデン王立歌劇場 アルバレス / ガヴァネッリ / シェーファー / ダウンズ / 他」

 オペラハウス、本当は、幕間にシャンパンとか飲みたかったけど、そこまでの勇気もなく、ロイヤルオペラハウス特製のアイスクリームを食べておりました。でも、いいなぁ、ロンドンにいたら、一流のオペラが一万円以下で見れるんだもん。バルコニー席でも2万円なのです。日本なんて、なんだか遠い遠いS席で5万とか6万とか、二回見に行ったら、イギリスの航空機代になるっちゅうに…。ヨーロッパにオペラ見に行く人の気持ちが分かりました…

 ロイヤルオペラハウスは、別名「コヴェント・ガーデン」とも言います。目の前に、コヴェント・ガーデンの市場が広がっているからです。ここ、かの「マイ・フェア・レディ」の花売り娘がいたマーケットですが、今は、どっちかというとこぎれいな観光客向けのマーケットになっております。
opera3

 夕食はロイヤルオペラハウスの向かいのカフェで、ニューヨーク・サンドイッチ(!)なるものを食べました。サーモンが挟まったサンドイッチで、美味しかったです…(なんで、ロンドンでニューヨークなんだというのは置いておいて)。

 終わったら10時過ぎ…。日本にいるときは、真っ暗な中を一人で帰らなくちゃいけないからどうしようと思っていましたが、なんとまだ外は明るいのです。人もたくさんいるし、地下鉄で帰っても全然大丈夫でした。

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