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2008-03-06

神の手

神の手と呼ばれるお医者さんに父の命を助けていただいた。

 1年前まで神の手と呼ばれるお医者さんは京都にいたのだが、今は、京都にいない。週の半分が愛知県豊橋、残りの半分は神奈川、日曜日にだけ京都に戻って来る。

 父の心臓の3回目の手術のときに主治医だったそのお医者さんは、病院内の院内抗争(つまりは「白い巨塔」)のため、心臓血管外科を追い出されてしまっていたのです。地位保全の裁判まで起こしたのだが、京都に留まることはできなかった。

 命の期限を切られた父に、残った病院の心臓血管外科(現在機能停止中)の医者は「私にはようしません」と匙を投げ、あとは内科の問題だと、循環器内科に丸投げした。ただ、男気のある循環器内科の若いお医者さんは、一生懸命手を尽くしてくれた上に、複雑な事情にも関わらず、「セカンドオピニオンを」という私たち家族の申し出に誠意をもって応えて下さり、すぐに父のデータをその先生のもとに送って下さった。

 なんせ時間がない…。外科は、チームが必要。京都でも手術ができるよう準備は整えているようだが、急な手術&リスクの高い手術なので、チームを組むにも人も時間も場所も足りない。

 ということで、急遽、愛知県豊橋市の豊橋ハートセンターへの転院を決意した。

 金曜日にデータを送ってもらって、土曜日にその医者の自宅に到着。唯一そのお医者さんが京都に帰ってくるのが日曜日で、日曜日にデータを確認。夕方に電話をし、万全の体制でやってもらいたいので、ともかく豊橋に行きます!と決断した。お医者さんが受け入れを決めて下さり、正式に転院が決まったのが月曜日、翌火曜日(12日)に、京都から豊橋まで車で転院。

 豊橋に行きます!って言ったものの、それからが大変。第一豊橋ってどこ…って地図を探す始末。昨日見舞で京都にきて帰ったばかりの弟(名古屋在住)をすぐに戻ってこーいと呼び出し、ホテルを押さえてもらう。

 父はかなり弱っている。だが、救急車を出してもらえなかったため、弟の車に酸素ボンベと車いすを積んでの移動となった。

 そのさなか、ばたばたしているところを物陰から見ていた人がいた…
 見舞客と、医者との対応でばたばたしてベッドが空になった30分ほどの間に、なんと財布と預金通帳を盗まれた。健康保険証などはおいてあったので、プロの仕業。直前に来てくれた見舞金も全て盗られた。警察が来て、被害届を出すことになった。弱っているところに事情聴取、おまわりさんもあまりのことに「元気出して下さい」といたわってくれた。

 死にかけている病人からお金を取るなんて、絶対に許せない。
 が、父は一言、「厄払いや」…

 そのドロボウが悪い厄を全部持って行ってくれたお陰で、それからはトントン拍子。
 
 火曜日は、朝から晴れてました。
 次の日は京都は大雪だったので、もし一日遅かったら、雪で関ヶ原を超えられず、酸素ボンベも尽きて、雪の中救急車も走れないし、どうなっていたことか…
 そのまま緊急入院で豊橋入り。もう道中の長かったこと…。数日間、毎日動悸がしてこっちの心臓までおかしくなりそう…。
 
 翌水曜日に緊急手術。4回目の心臓の手術。リスク30%と言われた。つまり、生存率70%。普通なら50%以下のところだが、その先生のお陰で20%稼げた。

 外科のお医者さんは、創意工夫に溢れたアーティストだと確信した。あらゆる状況を考え、どうしたら良いか、いろいろ工夫をして下さった。父の心臓には、人工弁が2つ入っている。今度が4度目の手術。弁置換手術を3回受けているのだが、そのうちの僧帽弁周囲の逆流がひどく、赤血球を壊すために溶血していたのだ。つまり、最初は小さな孔から始まるダム決壊と同じ、氷の上で一箇所ヒビが入ると、パリパリぎしぎしと次第に裂け目が酷くなって、最後バリっと崩れ落ちるのと同じこと…。父の心臓、最初は小さな孔(血液が壊れるぐらいなので、ほんの小さな孔)だったのが、なんと4箇所の裂け目に発展していたらしい。

 最近のカテーテルもすごいね…。手首からできるんだって…。私の仕事は、カテーテルやら内視鏡の翻訳の仕事。だが、実物を見たことはない(たけしの「本当は怖い家庭の医学」で実際に動かすところを、ほぉって見る程度)

 さて、午後4時から始まった手術…終わったのは、夜中の2時半だった。
 先生方は当日2度目の手術。つまり、その日はぶっ通しで手術ということ。外科医はつくづく体力がないとやっていられない。

 家族待機室で待っていたが、待ちくたびれて看護婦さんが呼びに来たときは、完全に寝ぼけまなこでした(^^;

 豊橋ハートセンターは、全国でも10の指に入る心臓専門の病院。とても気持ちのよい対応だし、なんというか全てがテキパキ、対応も早い。

 2日後にはなんとICUから重症患者の個室に移り、その後大部屋…なんと二週間余りで退院の運びになった。以前に京大病院に入院していたときは、肺炎を起こしたこともあり、ICUも長く、入院も手術後1ヶ月だった…

 心臓は身体の大元なので、悪くなるのも急激だが、良くなるのも早い。後半は、父は暇をもてあましておりました…

 そして昨日、四年に一度の2月29日の大安、快晴、無事に父は退院しました…。

 ということで、大変な大変な日々でした。 豊橋にも一時滞在しておりました。京都との往復も大変でした、といってもまぁ新幹線のこだまで1時間半だけど。

 あまりの急展開に、予定は全てキャンセル。仕事はキャンセルするわけにいかなかったので、暇を見つけてやってましたが、今回、初めてマクドナルドから、無線LANで接続できました……。ニフティのコネクトforモバイルが、手動で設定しなくてもいけたので便利でした。
 インドのボランティアの方は、みんな渡印直前だったので、こんな状況にも関わらずごめんねごめんねといいながら容赦ないメールに私は襲われました…(^^;
 
 今回の収穫は、父母ともに携帯メールができるようになったこと…

 娘いわく「暇は人間を進歩させる」んだそうだ。

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