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2008-06-25

市民ミュージカル京都 時間旅行はいかが

Jikan

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 今までも時々ここで触れていた「市民ミュージカル京都 時間旅行はいかが?」がいよいよ動きだし、月曜日に京龍館でキックオフパーティが行われました。私はずっとPeterと二人の作業ばかりだったので、実行委員会の方々にお会いするのは初めてで、たくさんの方々が関わっておられるのにまずはびっくり。いろいろ裏方でお世話して下さっている方、弁護士さんの方々など、いろいろな面が見られて非常に楽しかったです。

 Peterが2曲、テーマソングのTime travelと Beautiful countryを、あやさんと二人でミュージカルミニコント(?)のPrincessの歌を披露しました。なかなか素敵なアレンジになっておりましたが、私は聞きながらつい「をいをいメロディー違うで、をいをい日本語の歌詞全然ちゃーうで」とつっこみどころ満載でした。

 今週末からいよいよオーディションも始まります。90人近くの応募があるようで、どんなキャストになるのか楽しみです。

 それよか…、台本…、高垣さんの台本とPeterの西洋的なイメージとが乖離する部分があり、本当なら私の中で1つにする、いや、せめて2つの世界をつなぐ「橋」の役割をしなければならないのですが、うーー、異文化コミュニケーションというのはなかなかに難しいものであります。
 
 時代劇の中に、バタ臭いブロードウェーミュージカルの要素が混じり、しかもお堅い(?)憲法9条のspiritが骨子にあるという、どんな化学反応が発生するのか、良いものに仕上げたいというみんなのものすごくポジティブな触媒が介在しているので、きっと素晴らしいものになると信じております。
 
興味のある方は、

時代劇復興委員会のページ
弁護士さんのページ

どこかに公式ホームページがあると探しておりましたが、ようやく見つけました。
公式ホームページ

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2008-06-21

中年クライシス

 先日、NOVAでmiddle-age crisisだ~と話していたら、mid-life crisisの方が一般的だと言われました。確かに、ミドルエイジ クライシスだと、自分がいかにも中年だと告白しているみたいで(^^;、そこらへんの配慮なんでしょう。

 娘が来年から下宿を始めることになり、息子も再来年就職したらどこいくか分からないので(日本にいてくれたらめっけもん?)、いきなり子供達が巣立ちしていき、いきなり一人の生活になりますbearing 

 今から、準備をせねば~~~

 最初は通訳から始めた仕事も、子供達のためにと家でできる翻訳に切り替えて早や15年以上。、一人家に引きこもっているのは辛いので、少しずつ外に出ようと思っています。今でもただでさえ忙しいときは、朝からろくに着替えもせずにパンをかじりつつ、一日中引きこもって仕事に追われていることが多いわけで、この間は、一時間だけ人間に会いに来たとNOVAの先生に言ったら、大笑いされる始末です(^^;

 一応構想はあって、1つは今の仕事がそのまま生かせてプラスにもなるという、医療通訳の道。医療通訳は職業としてまだ確立されていないみたいですが、今年から医療通訳検定というのが始まったらしい。インドネシアから看護士さんを受け入れることになったみたいだし、もしかしたら需要があるかもしれない。父のことで病院にはお世話になったので、ちょっとご恩返しという意味合いもある。さっそく、医療専門用語のpodcastingを登録して、今までは目で見るばかりで意味は即座に分かるけど、どう発音するのか分からなかった医療専門用語をブラッシュアップしております。

 もう一つは、NOVA友のベテランガイド通訳さんに誘われて、事務のお手伝いをすることになったのです。海外と合弁の会社を設立したようで、忙しいらしい。しかも、今の翻訳の仕事を辞める気はさらさらない私にとっては都合のいいことに、週に1度だけで良いのです。

 そのNOVA友さんからは、司法通訳も勧めらて、かなり具体的に手続きも勧められたのですが、どうも私はも1つ食指が動きませんでした。一応、オプションとしては保持しているのですが、英語はあまりケースがないらしい(^^; ヒンディ語でやるには、全く実力は足りなくてさらなる研鑽が必要みたいだし、今需要の多い、ポルトガル語、タガログ語、中国語あたりは全くしゃべれないし…。

 NOVAでは、英米文学の先生とか、通訳者、翻訳者、学校の先生など、意外に英語を専門でやっている人に会うことが多く、貴重な情報がもらえるので重宝しています。常に英語環境を整えておかないと、すぐに鈍ってしまうし、変な癖がいつの間にかついてしまいます。テレビを見ていて感心するタレントのデイブさん、昔は意味は完全に分かるけど、ちょっとした助詞や言い回しが変でしたが、最近はほぼ完璧な日本語を話します。あの、細かな修正は、本当に大変なのです。陰の努力がたくさんあるんだろうと思って、いつも尊敬しながら見てます(内容は置いておいて?)。新生NOVAでは、ベテランの先生が残っているので、まぁほんと事細かに修正をかけてくれるので、本当に助かっております。

 さて、midlife crisisといえば、ミュージカルの翻訳で週に一度の割合で会っては一緒に作業をしている、Peter。2年ほど前から次々と災難に襲われて、It never rains but it pours (泣き面に蜂)状態。2年ぶりの再会だったので、初めて会ったときは涙ながらの経過説明(?)聞くこと1時間以上。しかも、毎週毎週事件が起こって新しい展開になるので、会って仕事を始める前にまず話を聞くことに…

 とうとうPeterが、Megumuは、Peter's Soap operaを楽しみにしているだろう、What's going on next week.! (来週はどんな展開になるだろう)と言い出しました(^^; ソープ・オペラというのは、つまりは連ドラ、主に主婦向けのメロドラマのことで、石けんのCM(洗剤会社の提供)が多かったためにできた言葉です。

 災難は束になってかかってくるというのは、私にも経験があるのでよく分かりますが、かなりdesperate(絶望的)な状況にも関わらず、道を探していこうとする根性(spirit)には頭が下がります。さすが、これでもかーと信じられないような難局から必ずヒーローが生還するハリウッド映画を擁するアメリカ人やーー。

 昔、義弟が言っておりました。欧米人と交渉していて、土壇場で追い詰められると自分はつくづく日本人だなって痛感するといっていました。日本人の心情として、「もう最後、どうにもならなくなったら自分が全部責任かぶろう」と特攻的な悲壮感に包まれるけど、欧米人は必ず粘りに粘って活路を見いだしてくるそうです。見習わねば~~。

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2008-06-19

インドの食事、日本の食事

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 二十代の本物の娘さんに混じって若作りしているニセの娘の私が真ん中ですsweat01

 インド風に頭にジャスミンの花飾りをつけています。庭にあったのを手折って下さって、ちょっと枝を髪に差しただけですが、インドでは髪をまとめた根本からジャスミンの花を束にして垂らすのが、正装あるいは普段でも娘さんのちょっとしたおしゃれです。もちろん生花、道ばたなどで子供が売っています。日本人から見れば贅沢な習慣です。ちなみに、道ばたで同じくよく売っているマリーゴールドは、小さなものはプージャ(神さまへのお供え)用、大きなものは高貴なお客様や新郎新婦に首からかけてあげるもので、ハワイのレイみたいなものです。

 さて、インドからのお客様で一番困ったのは、なんと言っても食事。シスターは肉(当然鶏肉だけです)も食べますが、他は基本的にベジタリアン。日本食を堪能してもらおうと思っても、天ぷらは野菜だけ、トンカツなんて絶対に無理、すき焼きなんか天地がひっくり返っても無理、寿司も無理、うどんやに連れていっても、食べられるのはせいぜいキツネか素うどん…鳥なんばなどは無理…。ということで、非常に困りました。ホテルのレストランでメニューを見せてもらいましたが、食べられるものは、野菜のサンドイッチぐらい、少しでも牛・豚が入っていたらダメなので、本当に困ります。結局、日本に来て、「日本風」インド料理を堪能してもらうことになりました。日本のインド料理は甘いく香辛料がきかせてないので、あまり口には合わないのですが…

 京都駅の近くで講演会をしたときには、「京のおばんざい」を食べてもらおうと、京都駅ビルの三尺三寸箸というところに行きました。日本料理も、基本のおばんざいは野菜料理なので、食べられるものが多いのではないかと思ったからです。バイキングで好きな料理が取れるし、なんと言ってもここは美味しいのです。

 その前にビッグカメラで電化製品をちらっと見て、結局は電池をお買い上げになりました(私も痛感しましたが、海外では電池は高くて質が悪い。日本の電池は世界一です)。その後、駅ビルのレストランに移り、インド人を連れて、料理を指さしながら、「ベジ」「ベジ」「ノンベジ」と説明していきます。中身をきちんとみて、ちょっと茶色い破片があると、「これは何だ?」と聞くので、「これは多分、豚」「これは牛肉」と中身を説明します。外見からでは分からないポテトコロッケも、コックさんに少しでも牛肉が入っていないか、いちいち確かめました。

 それでも、かなりの量のおばんざいがとれたのですが、やはりインド料理と対極にある薄味の京料理。お口に合うはずもなく、大量の塩と唐辛子をかけて、食べておられましたsweat01

 私も娘も大丈夫ですが、うちの息子はある種の香辛料(インド料理では普遍的な、アジュワンとコリアンダー、ターメリック)が苦手、というか絶対無理みたいで、もしインドに行ったらインドでは苦労するのでしょう。インドは本当にベジタリアンのメニューが豊富で美味しく、私はベジタリアンのインド料理も大好きですが、さすがに一週間続くと(ノンベジのレストランは高いのです)、肉、肉、肉が食いてぇ、タンドリーチキン食いてぇ、バターチキン食いてぇと、狂ったように肉を欲しまする。なかなかその土地の食事に慣れるのは難しいようです。

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2008-06-17

インドからの訪問者

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 もう先月のことになるが、連休が終わった直後の一週間、以前にインドのムンバイでお世話になったNGO (Bombay leprosy project) のご一行さまが日本にやってきた。当初の計画では、スラムの子供達やスラムの学校の先生もよぶ予定だったが、VISA&パスポートの段階からつまづいて結局日本に来れたのは、BLPのお医者さん二人とその奥様一人、シスターの四人だけだった。お医者さん方は海外に行きつけているので、問題はないのだが、それでもVISAが降りたのが出発の数日前、シスターはそれも間に合わず、一日遅れの飛行機となった。さすがインドというべきか…半年以上から準備していていつも土壇場…

 私は父の入院等で、活動から退いているので詳しい経過は分からないが、後で話をきいて、ほんとうに難しいものだと思った。

 スラムというのは、当然ながら不法占拠地になるので、住所地はない。スラムの子供のカルテや学籍簿には、とりあえず、○○ roadの側とか○○橋の近くという目印の住所が書かれているため、パスポートのとりようもないわけである。いつだったか、天王寺公園のホームレスに住民票を与えるかどうかでもめたことがあったが、それと同じ構図である。シスターが奔走してくださったのだが、やはり無理なものは無理だったらしい。先日、新聞で同じ様な境遇にいるインドの子供達をよんだ話があったので、何か方法があるのだろうけど…。

 先生の方は、住所地があるのになぜVISAが降りなかったかは謎のままである。日本の入管は厳しく、VISAを申請する場合には貯金高まで調べるので、そこらへんがクリアできなかったのかもしれない。日本側(受け入れ側)のNGOの主宰は、組織の登録証から、個人の戸籍抄本付き身元保証の書類、滞在費や渡航費に関わる保証書など、ややこしい書類をいろいろ送り、私もなにやら英文の保証書から証明書をそれぞれ6部ずつ書いたのだが、やはり日本に来れるのは恵まれた一部の方だけだったわけである。

 私の方はインドでお世話になった分、知らん顔をするわけにもいかないので、一週間の滞在中できるだけのお手伝いをさせていただいた。

 着物も着たし、サリーも着た。着物は、ウールの娘向けの着物だった上に、ユキとアワセが短く、ちょっとはだけそうで怖かったが、インド人にはかなり受けた(無理して若作りした写真なので、個人的にも受けると思うのだけど、また写真が入手できていないので、残念です)

 サリーは久しぶりに着て、悪戦苦闘すること30分…。なんとか格好になって出て行ったら、ガナパティさんの奥様が、一言「サリーのたれの部分が左右逆やで」って(^^; なんとまぁ逆さまでございました。プリーツの取り方などさんざん悪戦苦闘したのに、奥様は親指と人差し指でさささっと作って、あっという間に完成。さすがです。

 これは本格的なサリーなので、当然ながら、無防備にハラが露出しております。贅肉たっぷりの脇腹を見せたくはないが(見せられる方がいや?)、背にハラは代えられず、ハラを露出しておりました。
 
 悲しかったのは、貨幣価値のものすごい格差。滞在費も航空費もNGOもちなのだけど、さすがにお土産代まで渡すわけにはいかないので、自腹を切ってもらうことになる。インド人も日本人と同じで、職場の誰々さん、親戚の誰々さんと紙に書かれた長いリストをもって探している。お土産物やさん、それも安価なところに連れていくのだけど、200円、300円のものでさえ買うのに躊躇する。そらそうだ、300円といえば、向こうでは、900ルピー。豪華なターリー(大きな丸いお盆にのったセットメニュー)が90ルピーで食べられるのだから、日本の感覚でいえば、一万円以上。一万円以上出しても、小さな小さな小物しか買えないのだから、悲しくなってくる。

 そういえば、ヒンディ語の先生のバーラティさんも言っていた。清水の舞台から飛び降りて(という表現がインドにあるかどうかわからないが)、せっかく買っても、高いうえに、そういう値段のものには絶対に見てもらえないのがものすごく悔しいと言っていた。

 扇子がほしかったみたいだけど、1000円、2000円、まして3000円の扇子なんて絶対に無理です。それでも、ガナパティさんの奥様は、しぶるだんなさんを尻目に、娘達のところへと日本風の細長い(幅は20センチぐらいで、縦は1,5mぐらいある1つ3000ほどの)掛け軸風壁掛けを買っていかれました。おもしろいのは、日本人は必ず1つだけ飾ると思うのだけど、インド人は1つでは狭すぎるからと三本セットにして壁を覆うらしいということ、結局、6本買っていかれました。

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