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2009-06-24

肝苦りさぁ(ちむぐりさぁ)沖縄

昨日の夜は、大阪の大正区にある沖縄会館に行って来ました。

 昨日、6月23日は「沖縄慰霊の日」、沖縄では公休日です。その日、公式的に沖縄戦線が終結した日ですが、実際にはその後も戦闘は続いていたのです。その日を記念して、講演と劇が行われました。

 まず真栄田さんという当時沖縄で少年兵だった方のお話があり、その後、「肝苦りさぁ(ちむぐりさぁ)沖縄」という朗読劇がありました。

 真栄田さんのお話の中の特攻機の攻撃に身の毛がよだちました。映画やテレビなどで描かれている特攻隊は、白いスカーフなびかせお国のために~って言って出撃していく姿で、なんとなくかっこよく美談っぽく、泣かせる設定で描かれているのだけど、事実はやはりそんなものじゃなかったです。機体を軽くするために、片道燃料だけしか積んでなかったというのは知っていたのですが、とりあえず自分を守る機銃でさえ飛行機から外され、それこそ丸腰状態で、撃たれるがままで突っ込んで行く、そして目標にたどり着く前にほとんどが撃墜されるって、ほんとに「命の無駄遣い」(ミュージカルの中にあった台詞、原詩はwaste of life)、正気の沙汰とは思えないとしか言いようがありません。

 その後の、「肝苦りさぁ(ちむぐりさぁ)沖縄」は、さらに重たかった。長野県の松代に大本営を移す大きな防空壕が掘られて、今は公開されているのですが、そこは天皇を移すための御座所などあるりっぱな壕なのです。その壕の建設と沖縄の病院壕やら集団自決やらの沖縄戦が絡まりあって、それぞれの体験談が朗読劇として語られていきます。

 朗読劇は、「この戦争は間違っている、天皇のためになんか死にたくない、君のためだったら死ねるけど」と本音を語った恋人に対して、「軍国少女」だった岡部さんが「私だったら喜んで死ぬけど」と言ってしまい、その死を後押ししてしまったのではないかという罪の意識(恋人は沖縄で戦死)から始まります。この罪の意識は、多分一生消えることのない重く痛いものなのでしょう。以前に「つぐない」(2007年イギリス映画)というのを見たのですが、それも第二次世界大戦時のイギリスで、自分の言葉(少女の嘘)で大切な人の運命を狂わせてしまった(ヨーロッパ戦線)主人公の背負いきれない罪の重さが痛く、その映画を思い出しながら見ていました。

 途中には、松代の大本営の壕の話しが出て来ます。その壕を作ったのは地元で徴用された人及び強制連行された韓国朝鮮人の方々です。発破のかけ方や、壕内の事故…。穴を掘る話しは、これまた一ヶ月ほど前に京都府京北町のマンガン鉱山に行ったときの話しとかぶりました。そこも戦時中に強制連行された韓国朝鮮人が掘ったもので、はんばや坑道が保存されており(現在は財政難のため休館中)、まっくらな中に妙にリアルなマネキンが多数いるのです。真っ暗な中での明かりはなんとサザエの殻に油をいれたもの…、体験談などはほんと心に重たいです。マンガンって鉱物の中で一番重たいらしい。持ってみたけど予想外の重さでびっくりしました。背負子で何十キロも運ぶのはほんと大変だったらしい。

 そうやって血と汗と涙で壕を掘った人間たちがいた一方、壕を作ろうって決定した上の人たちの軽さといったら…。浪曲風の語りと狂言風の語りで語られる軽さが、余計為政者たちの軽さを浮き彫りにしていました。

 そして話しは、沖縄戦に入っていきます。まぁ、なんというか本当に辛くてほんとに聞くのが辛かったです。特に重症患者のいた病院…、敵の手に渡すよりかはと青酸カリや薬物、そして手榴弾やピストルで病人を殺し、住民も集団自決させます。朗読だから、観客の想像力の力を借りるから、余計悲惨さが伝わるのかもしれない…。

 私の中にある日本人的心性(?)で嫌いなものが1つある。どうも追い詰められるとカミカゼ的心情が表れるのです。これは昔義弟(JICAで外国人相手に案件をまとめている)も言っていたのだけど、交渉事やいろいろ仕事でどうにもこうにも追い詰められて来ると、「最後は、自分が全部責任かぶって辞めよう」と悲壮な特攻的心情が頭をもたげてくるのです。すぐ「美談の死」の方に心情が傾くのです。でも、欧米人は違うのです。それはキリスト教で自殺を禁じているということもあるのだけど(いろいろ解釈もあって、今は違うのかもしれないのだけど、基本カトリックでは自殺すると天国にいけないし、実は教会でお葬式もあげてもらえない)、どうやってでも生きる努力を最後まで捨てないのです。カミカゼやらsuicide bomb (自爆テロ)に過敏に反応するのもそこにあります。

 で、やっぱり生きている人に、もしかしたら生きる可能性がある人に死ねというのは、どう考えても間違っている。それをそうだと教え込む教育も間違っている。美談に仕立てるのも間違っている。それは実は今も密かに息づいているのです。日本人の泣かせどころに潜んでいるのです。これは間違っていることだと、しっかりと伝えていかないといけないと思うのです。

 最後に、演出家の佐々木しゅうさんの言葉も重たかったです。この話しを「標準語」で沖縄の人に語っていいものだろうかという疑問がずっとあったと…。だけど、自分たちはどうやっても沖縄の言葉を話すことができないのだと…。どの言葉で語りかけるかという悩みはほんとよく分かりました。途中、三線で歌が入るのですが、最初は標準語の歌だけど、途中から沖縄の歌になります。沖縄出身の方々は分かるようでうんうんと頷いているけど、私には外国語にしか聞こえなくてパンフの訳を見ます。どうしても超えられない言葉の壁がそこにある。けど、私は、あの朗読劇は標準語でやってこそ価値があるように思えました。

 劇が終わって、出演者一同が並んで礼をします。達ちゃんが、1つ大きな息をつき、ほっとした表情をしました。出演者にとっても大変な舞台だったと思います。本当にありがとうございました。

Image013写真はマンガン鉱山の坑道

 

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コメント

たとえ時代が変わっても歴史の真実は決して歪曲されないというそんな教訓を文を読みながら
たくさん感じました

投稿: 金必真 | 2009-06-25 00:12

元々は重たい爆弾を敵艦に命中させようと近づきすぎると離脱(上昇)できなくてぶつかってしまう…。
ならばいっそのことそのままぶつかってしまえばいいじゃないか。
それが自爆攻撃、通称カミカゼの発明だったらしいです。

ちなみにうちの群では自殺しても場合によっては教会で葬儀をしてくれます。

でも確かに高校の時の同級生の葬儀は自宅でしたね。彼の家族の通う教会は3件程度隣だったですが、かえって奇異な感じがしました

投稿: 軍曹 | 2009-06-25 04:03

金必真さん、コメントありがとうございました。

 そうですね。真実を伝えていこうとする制作者の努力の賜物だと思います。

投稿: めぐむ | 2009-06-25 14:31

軍曹さん、おひさ。

 そうなんだ。救世軍ってお葬式してくれるんですね。
 しかし、そのままぶつかってしまえばいいじゃないかって(^^;、それも酷い話ですね。

投稿: めぐむ | 2009-06-25 14:35

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