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2009-08-27

知覧特攻基地

090826_102234_2鹿児島に旅行に行って来ました~。
 詳しい旅の様子は、この旅行を企画してくれたありんこがブログに載せているので、詳しくはそちらを見てもらうことにして(知覧旅行はいかが?)、私はさくっと行こうと思います…。
 
 10代、20代、30代、40代各一人のまれに見る構成…。ありんこ、チハル、かおりちゃん、そして私の女(の子)4人の旅でした~。普通この構成だと聞けば、40代の私が旅行を仕切りそうなものですが、ところがどっこい、しっかりフォローされている私(^^; 一番迷惑をかけたのは私かも……の衝撃の事実が発覚したのでした(^^;

 旅行前夜のこと。山科の稽古があったのだけど、稽古前にチハルから「めぐむさん、今日は飲まんとまっすぐ帰るで~」としっかり「釘差しメール」が送られて来ました(;^^)ヘ..。次の日の出発は伊丹7時集合。すぐに稽古後のビールに誘われる私の心は、チハルちゃんにしっかり見抜かれております(^^; 
 (ちなみに、私は、家ではほとんど飲みません…←一応、自分をフォロー)

 そうそう、伊丹集合ということは、当然飛行機なのです。鹿児島まで飛行機往復&ホテル2食付きで29600円、これに、なんと各人に3000円の空港で使えるクーポンが付いていたので、実質、26600円!衝撃の安さでした~。

 さて、鹿児島空港に着いて、そこから鹿児島駅へ、列車に乗り換え、ようやく指宿駅に着いたときのこと。駅の観光案内所でいろいろ聞き、とりあえず駅のロッカーに荷物入れようということになったのですが、
 「ふぁああああ、私の荷物!!!」
 「え!?」
 どうやら私は、手ぶらで電車を降りて来てしまったのです(^^; 朝早かったし、桜島見たし、すっかりリラックスして、すっかり荷物のことなど忘れ、すっかり忘れ去られた荷物は、網棚の上に載せられたまま、次の駅に出発してしまいました(^^; 旅行に来て、旅行鞄を忘れるとは…(^^;
 
 駅員さんに言うと、すぐに隣の駅に電話してくれました(幸い、その電車は次の駅止まりだった)。「うんうん、2両目の海側の網棚の上」「大きな荷物?そうそう大きい鞄」 大きい荷物という言葉が胸に突き刺さった(^^; 人は小さな荷物は置き忘れても、大きな荷物は忘れないらしい(^^;

 はぁ~~、前途多難(^^;と、みんなに思われたに違いない(--;

 荷物を待っている間に、お昼を食べる。黒豚丼はおいしうございました。びっくりなのがオクラ。オクラの漬け物に、オクラの吸い物、丼にもオクラが載っているし、オクラづくしの黒豚丼でした。

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 そしてまた電車に乗って、開聞岳へ。
 ありんこが、特攻隊員が最後に目にした風景、開聞岳の上からの眺めをどうしても見たいというもので、密かに登山を覚悟…。登山が出来るような靴を一応履いて行きましたがな。かおりちゃんも、もしかしたらと思ってスニーカーを履いて来ていました。

 自慢じゃないが、私は高いところが好きです。高所恐怖症で足もすくむのだけど、○○と煙と一緒で、高いところが好きです(^^; その街に高い塔があれば、必ず制覇しないと気が済まない(^^; 開聞岳は標高924メートル、京都の愛宕山と同じくらいなので、登って登れないことはない…(^^;

 が、近くで見る開聞岳は雄々しくそびえてしかも優美で、ちょっと険しそうです…。まぁ、時間的にも無理ということで、あっさり断念することになりました。頂上では360度のパノラマが開けるようなので、いつか必ずと心は揺らぐのですが…。

 開聞岳の麓で、山羊と遊び、ゴーカートに乗る(^^; 山羊は、足の短い日本固有種のトカラヤギだそうです。こいつが、また、カメラ目線のヤギで、岩の上でポーズを取るのです。ポーズは取っても餌をねだるというお下品なことはしない男前のヤギなのです。名前をクロベエと命名しました。もう少しかっこいい名前にしたかったけど、やっぱりクロベエ。クロベエは、みんなのアイドルとなり、どうやらチハルちゃんと言葉が交わせるようになったらしいです…。

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 それにしても鹿児島は南国でした。そこらへんに椰子の木(ワシントン椰子と、フェニックスと、ビロウの木)は生えているし、ハイビスカスが自生しているし、ブーゲンビリアまで咲いている…。

 指宿温泉は、砂蒸し風呂で有名です。夏に、熱い砂に埋もれる人などいないかと思いきや、結構いらっしゃいます。ガウンに着替えて砂の上に寝ると、おっちゃんが砂を掛けてくれる。砂が暖かい…っつうか、重い!砂は重い!雪崩や土砂崩れで人は簡単に死ぬと確信しました…。が、そのうちほかほか、すぐに血管がどっくんどっくんと波打ち始めます。めっちゃ気持ち良い~。しかも海からの風が頬をなでて、涼しい~、おお、極楽極楽…。

 そのまま砂を落とし、シャワーを浴びてから、みんなと大浴場へ。

 お風呂でのんびりして、ビール飲んで、食事して、部屋に戻って布団に転がって…、指宿の夜は静かに、いえ、「わーー!」とか「えーーー!?」とか「きゃ~~!」とか「うっそ~~。まじ~~!?」の嬌声と共に、更けていくのでありました…(^^;
 「おそろしや ガールズトークの 尽きぬ夜」(読み人しらず(^^;)

 次の日、今回の旅のメインである知覧の特攻記念館と富屋食堂(特攻の母と言われた人がいる軍用食堂)に行く。

 もう、重たい重たい、重たいってものじゃない…。泣いて泣いて、怒って、泣きました。

 ちょうど終戦記念日のあたりにNHKで特集をやっていました。特攻の命令を出した海軍の幹部側、戦後からずっと40回以上毎年「反省会」というのをやって、特攻の何が悪いのか、なぜ止められてなかったのか、そもそもなぜそういう作戦をすることになったのか、ということを「理論的に」検証し続けているのです。その中の1つの結論として、ある幹部が言った言葉は「どんな戦争でも、戦争の作戦というのは危険が伴うし、もちろん死ぬことも予測される。が、10%でもいや1%でも生還できる可能性は残されていないといけない。それが100%死ぬということが前提になっている段階でそれは間違っているし、肯定できるものではない」ということです。

 そうなのです。最初から生還できる見込みのない作戦なんて、作戦じゃないのです。若い命の無駄遣いです。 最年少は17歳、まだあどけなさの残る顔です。ほとんどが17歳から23歳までの若者。うちの息子と同じかそれよりも若い年齢です。

 知覧特攻平和会館は、ほとんどが特攻兵士に焦点が当てられ、最後に撮った写真と遺書で構成されています。この遺書は、ほんと胸に堪えます…。軍事統制下、下手な事は書けないし、オフィシャルな言葉が綴られています。それでもその行間に、人間の息づかいが聞こえる…。今、ガイド試験の勉強をしているのですが、「本音と建て前」という日本人を説明する英語、建前は「オフィシャル・スタンス(official stance)」、本音は、「トゥルー・フィーリング (one's true feeling)」と言います。そう、特攻平和会館はオフィシャルな言葉の中に、心の中の真の言葉が見え隠れします。が、そのほとんどを彩っているオフィシャルな言葉、判で押したような言葉の怖さ…、見事男の本懐を遂げるだの、お国のためにだの……。

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 一方、人間としての本音は、富屋食堂の記念館にいっぱい残されています。若い特攻兵士を送って来た、富屋食堂のおかみさん鳥浜トメさんの話、故郷を離れて死地に赴く兵士に、最後故郷の母のように接し、故郷への手紙に「○○が食べたいというので、作ってやりました。故郷のお母さんがしてやるようなことを最後にしてやりましたから、どうかご安心下さい。今朝、知覧を飛び立ちました」と書き送ります。ぽろっと本音を漏らす兵士に「そんな事言ったら、憲兵に捕まるよ~」と言いながらも、兵士の言葉を受け止めていました。

 一番堪えたのが、朝鮮からの特攻兵士。当時日本に支配されていた朝鮮からも、特攻兵士が10人ほどいます。その中の一人が富屋食堂にいましたが、朝鮮から来ているので、最後、飛び立つ前にも面会の人もいなければ、故郷から何の便りもありません(日本人の場合、いつ出撃するかは機密になっていたのですが、実際はいろいろな手段でこっそり知らせていたようです)。可哀想に思ったトメさんは最後の晩に、自分と娘さんと兵士の三人でお別れ会をします。最後何か歌ってよというと、彼が歌い出したのが、「アリラン」。一番と二番は日本語で、そして最後の三番だけ、声を押し殺すように韓国語で歌ったのです…。言葉を奪われ、故郷を奪われた上に、特攻兵士として死地に赴かないといけない姿に、思わず立ちすくんで泣いてしまいました。

 他にも「自由主義の勝利」を信じ、「日本はこの戦争に負ける」と確信し、「自分は一個の機械、部品となる」と達観しながら特攻機に乗った兵士もいました。これまでの歴史を見れば、自由主義が勝利することは自明、なら、自分は何のために乗るのか分からない、が、つまりはこの作戦は人間を一個の機械、部品とする作戦だ…と達観した人生観を吐露します。故郷に書き送った遺書には、本箱の裏に本を隠して、釘で打ち付けたから見て欲しいとありました。開けるとイタリアの哲学者クローチェの「自由主義」という本があったそうです。

 と、散々感情的に揺さぶられ、胸が痛く、重く、辛かったです…。

 知覧特攻平和会館、展示は、どちらかというと兵士の人間に焦点が当たっています。それは当然といえば当然のことで、国のために命を強制的に絶たれなければならなかった兵士一人一人へのレクイエムだからです。レクイエムであると同時に、その一人一人を人間として覚えておかなければならない。戦争はビッグワード(一言で片付けられる大きな概念)だけど、その中には一人一人の人間があり、一人一人の生活があり、一人一人の故郷があり、一人一人の家族があり恋人があり、その1つ1つの積み重ねを1つ1つ知ることによってしか、その重みを実感することはできないからです。
 相手も同じ感情をもつ人間だと分かったら、人は殺せないが、人がモノに変わった瞬間に簡単に殺せるようになるからです。

 いろいろな思いを抱えながらも、死地に赴かなければならなかった、そういう兵士一人一人を決して忘れてはならないし、そしてそんな馬鹿な戦争をしてしまったことも忘れてはならない。ただ、記念館には、どこか一箇所だけでいいので、科学的データが欲しかったかな…。というのも、特攻は最初の頃でこそ、かなりの被害を与えたのですが、最後の方になれば敵も研究するので、弾幕を張って、ほとんどが目的を達する前に撃墜されていたからです。そういうことが分かれば、いかに特攻が作戦として間違っていたかを傍証する手立てになるからです。

 特攻記念館でびっくりしたのですが、特攻作戦って、空挺部隊、落下傘部隊でもあったのですね。体中に爆弾と手榴弾をくっつけて下りていくって、考えたら今の自爆テロと同じ…。どうして人間は、いつまでたっても同じ間違いを繰り返すのでしょう…。

 というわけで、一泊二日の鹿児島旅行は、1日目は楽しい珍道中、二日目はどっしり重い旅となかなかに充実しておりました…。4人で旅行したのは初めてだけど、なんだか非常に居心地が良かった~~~。いろいろ手配してくれたありんこ、お疲れさま~。かおりちゃん、受験勉強p(^^)qガンバ! そしてチハルちゃん、山科の本番までよろしく~~! どこへ飛んで行くか分からない私の手綱をひっぱって下さいませ(^^;

 次回は、長野の山んなか、松代大本営跡に行く予定…だそうです…。
 

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コメント

こころのうた。というのが誰にでもあるということを教えられた気がしています。
お元気そうで何よりですね。
そうか!!同じ40代だ!!仲間仲間。と思った軍曹でした。

投稿: 軍曹 | 2009-08-28 09:52

軍曹、おひさ~。お元気ですか?

 そうだね~。こころの歌というのは、誰にでもあるのでしょう。人生の最後に聞いていたい、歌いたい歌かな~。

投稿: めぐむ | 2009-08-28 11:54

重い話の後でこんなこと書くのの気が引けますが…  
私もいつかきっと開聞岳に登りたいと心に決めました。一緒に行きます〜?

投稿: きゃろる | 2009-08-28 22:24

きゃろるさん!お久しぶりです!

 重い話でごめんなさいね~。

 そろそろ日本に帰国ですか~?
 開聞岳!行きましょう~。

投稿: めぐむ | 2009-08-28 23:51

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