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2010-03-16

がばいばぁちゃん-演劇ミニ講座

51gh46eggtl_sl500_aa300__2来月の京都労演の例会は、かの有名な「佐賀のがばいばぁちゃん」です。
 そこで、昨日は劇団NLTの制作の方をお迎えしての、ミニ演劇講座がありました~。

 島田洋七さんの「佐賀のがばいばぁちゃん」は、既にテレビや映画にもなっています。私も吉行和子さんや泉ピン子さんがやった映画&テレビを見ていたので、「また同じなんやぁ、もう何回も見たし~~」と全く食指が動かなかったのですが、ともかく出かけてみることにしました。

 制作の小川さんは、劇団のエピソードやら、舞台化されるまでのいろいろなエピソードを交えて、面白くお話されました。が、一番面白かったのは、「舞台」と「映像」の違い!

 「舞台」では、思いっきり観客の想像力を使います。舞台化するにあたって、脚本家にお願いしたのは舞台の真ん中に川を作らないでほしいということ。実際に舞台に川を流すわけにいかないけど、川のシーンは避けて通れない。川はないのに、そこに川がある…。汽車も通る。舞台では、それができるのです。
 映像ではそうはいかない。。きれいな川をロケし、蒸気機関車を撮影する。見る方は楽、受け身です。

 それが一番良く現れたのが、ポスターのエピソードでした。がばいばぁちゃんの文庫版の絵を使ったのですが、上の画像の通り、おばぁちゃんは「足」しか見えない。舞台でもこのポスターを使いました。がばいばぁちゃん、百人が百様にこんなばぁちゃんかなぁと想像できる。
 ところが、映画版のパンフレットをみると、おばぁちゃんは「全身」描かれている。映画監督さんからの要望で、上を書き足したそうです。そうかぁ、映像では、「全部見せてあげないと」いけないだ~と、妙に納得しました。

 終わってからの、飲み会で、最近舞台で多用される「映像」について小川さんに聞いてみました。と、突然そこで舞台での映像の使い方について、議論沸騰。小川さんは「舞台から別の世界に飛び越えるような映像」を一度見たことがあって、その試み面白いと思うとおっしゃってました。確かに使い方によるのでしょうが、どうも、舞台に映像が入ると中途半端になるような気がする~。

 映像、うまく使えばいいのだけど、先日見に行った「蜘蛛女のキス」など、映像が観客の想像力を奪って、なんの楽しみも残さない。「あこがれの女性」は映像に出さなければ、観客が各自で一番素敵な女性をあれこれ想像できますが、中途半端に映像で出ると「誰?それ?」になる。男女の絡み(実際は男男の絡み(^^;)も、観客が好きに想像すればいいのに、わざとらしく「手が絡まり合う」映像を出さなくてもいい。ちゅーとはんぱなんですね。

 最近舞台に映像を多用するのは、観客の側も受け身に慣れて来ているからかなぁと思います。積極的に想像力を働かして、自分のイメージを補うより、「じゃぁどんな人?どんな風?」と答えをすぐに求めるからかなぁと思います。

 もちろん、私は昔から映画は大好きで作品は結構見ている方だと思うので、映像を全く否定する気はないのだけど、最近、舞台は舞台で全然違う世界があって、非常に楽しいなぁと思うのです。目の前で生で演じているから、演じている役者さんと観客が双方向的にコミュニケーションできるのも、舞台があってこそ。喜劇だと、なお、一体化できる。

 ということで、舞台の「がばいばぁちゃん」も楽しみになってきました~。舞台の「がばいばぁちゃん」(京都会館第二ホール、4月18日15:00開演、19日18:30開演)見たい方は、ともかく京都労演にお問い合わせを…(075-231-3730)

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