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2010-03-20

父と暮らせば

 大津市民会館の小ホールには、戦後しばらくの家が再現されてました。

 台所は土間で、流しはタイル。ふきんがぶら下がっている。戸棚とタンスと文机、小さなちゃぶ台の簡単な家具が置かれた部屋。裏にはおそらく五右衛門風呂。雨が降ると雨漏りがして、その度に家中の桶や金だらいを置くと、パランパラン、ピシャンピシャン、ポタポタ、音が全部違う雨漏りの大合奏が始まる(ちょっと感動しました)。

 井上ひさし原作の「父と暮らせば」(右来左往演出、飛鳥井かがり、谷田昌蔵)。原爆が落ちてから3年後の広島の娘と父のお話。お父さんが押し入れに隠れていてびっくりするのだけど、お話が始まってすぐに、そのお父さんが実は原爆の時に亡くなっていることが分かる。そう、心の中のお父さんとの会話(?)、幻想が再現されているのです。もうその時点で、いけない。もう泣けてくる…。お話が進んでいくうちに、さらにぽろぽろ泣けてくる。

 原爆で生き残った娘は、自分だけが幸せになったらいけないって生きていることに負い目を感じている。雷が鳴る度にフラッシュバックして、PTSDになる。プロポーズしてくれる青年がいるのだけど、心が大波のように揺れる。その度に、お父さんは生きんしゃい、幸せになりんしゃいと励ましてくれる。ほんと仲の良い親子だったんだろうなと思う。

 原爆、原爆からもう50年以上。原爆の話はいろいろ聞いているが、やはり想像を超えている。原爆瓦、瓦の釉が一瞬で溶けて爆風で同じ方向に揃って剣山みたいになっている、座ったら痛いんだと言われてようやくすごかったんだということが分かる。1万2千度の温度なんて、太陽2個分と言われても、想像が付かない。想像はつかないが、ともかく途方もない爆弾だったということだけは分かる。
 
 原爆の後、生き残った人の葛藤やら苦しみから想像するしかないのかもしれない。仲の良かった友達を亡くし、同級生のほとんどが亡くなり、家族が亡くなり、残されて生きていくのは本当に辛い。辛いけど精一杯前を向いて、幸せをつかもうとするところに、人間の強さと希望を見いだす。そういうことを主人公を通して、目の前で見せてくれるお芝居は、やっぱりすごいなぁと思う。本を読んでも、語りを聞いても、展示物を見ても分からないことを、実感として伝えてくれるのは、やっぱり凄い。

 アメリカ人と原爆の話をするのはキライだ。もちろん全部が全部ではないが、戦争を終わらせてやったんだ、あれは正義だという人が必ずいる。議論したって一歩も譲らないし、パールハーバーでも持ち出されたら、いきなり感情論になる。その点、インドに行った時は、なぜか「賞賛」された。原爆を二つも落とされて、焼け野原から戦後の復興を果たした日本はヒーローなのです…(インドには侵攻してないので悪感情が少ない)。
 
 ガイド研修の時でも、広島と沖縄は難しいと言っていました。何か下手なことを言うより、原爆資料館の事実が語ってくれている。いたずらに感情を込めて気持ちを逆撫でするよりは、淡々と事実だけを語る方が効果があると言っていました。

 いつか広島に行かないといけないことがあるかもしれないので、その時までの課題です。どう伝えていけばいいか、大きな課題です。
 

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コメント

うん。

お芝居って、死んだ人と会話するシーンがよく出てくるよね。そういうのを選んで上演しているのかもしれないけど。

ガイドする国のことやその国の人の感情などを理解しておく必要があるんですね。そこがやっぱり難しそうですね。

投稿: カジパ | 2010-03-20 17:31

カジパさん、
 カジパさんが見るお芝居にはよく死んだ人が出て来るんですか~? 私は多分(?)初めてでした。
 ガイドする国の人のことは、結構大事みたいです。もちろん背景もだけど、食生活とか大変(^^;

投稿: めぐむ | 2010-03-20 21:50

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