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2010-06-30

ベルサイユ

パリ二日目もトイレに泣かされました。

クロワッサンの朝食を食べて、早朝からノートルダム大聖堂へ。朝のミサが行なわれていて、静かで荘厳な雰囲気。そのまま根性で一時間並んで待って、ノートルダムの塔のてっぺんへ。ながーいながーい階段を登った先に、ガーゴイルが待っていてくれました。ガーゴイルと言うのは、教会の屋根に付いてる怪獣みたいなもの。パリで一番高いところだし(?)、眺め良いし、高いところ大好きな私としては大満足。

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 ここから撮ると、ガーゴイルがエッフェル塔を食っているように見えると、ガードマンのおじちゃんが教えてくれた。

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 さて本日のメインイベント、ベルサイユに向かう前にトイレに行こうとしました。言われたトイレは、なんと無料。全自動トイレ。画期的な発明に見えるが、これが使えない!いちいち自動で洗浄してくれるのだけど、えらく時間がかかる。二分は掛かる。緑ランプが付くまで、何もできない。しかもドアが自動で開いて、ゆっくり閉まって、洗浄して、待つこと二分。全部で三分はかかる。一人に何分かかるねん。みるみる娘の機嫌は最悪に。10人は並んでたけど、途中から韓国人は男同士ならいいやろと、三人いっぺんに入っていきました。

 ベルサイユにはRERという高速郊外鉄道を使う。鉄道なので地上を走っているかと思えば、地下。地下に下りたら、やたら馬鹿でかい二階建て電車が入ってきて、めっちゃびっくりした。高さ3mはありそう。

 そんなこんなで着いたベルサイユも入るのに長蛇の列。ここでユーロスターを使って一人旅中の、日本人女性に会う。話して時間をつぶす。

 ここでも一時間は待ったかな。何度も心が折れそうになりました。ようやくはいれたベルサイユは凄かった。これは革命起きるわ、首切られるわ。納得。マリーアントワネットのベットルームは、きゃぴきゃぴ花柄で、乙女の姫だったんやな~。

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 みんな口が開いて、天井を見上げてます。

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 ベルサイユの庭が凄い。広過ぎ。なまじ歩いたけど一時間歩いても離宮までつかへん。ようやく離宮に着いても、中が広過ぎ。道に迷う。写真のずっとずっと向こうまで庭園です。一時間以上もさまよって、ようやく離宮へ。

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 離宮に入っても広い!中をさまよい、木立を抜けたら、いきなりメルヘンの家。思わず笑った。マリーアントワネットが作った村里やねんて。野菜作ったらしい。野菜植ってるし、山羊もニワトリもブタもいるし。

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 ロードオブザリングに出て来たような宿屋?

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 笑うしかない。
 が、道に迷う。ここは絶対迷って死んだ人いるなー、と言いつつ歩く。

 帰りはベルサイユ宮殿まで、バスに乗りました。怖るべしマリーアントワネット。

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2010-06-29

パリ

 ユーロスターはつつがなくパリに到着。フランスは二十歳の頃に来て以来。その時はルーブル美術館もベルサイユも行けなかったので、なんと20年以上ぶりの(?)リベンジです。

 パリ第一の洗礼はトイレでした。フランスではトイレに行くのにお金がいる。トイレの前に門番のようにおばちゃんが座っています。着いたばかりで、ユーロも小銭も持っていない観光客はトイレにもいけない。緊急の時はどうするんでしょ。でも大丈夫。ちゃんとトイレの前に両替所があります。

インドでもトイレにおばちゃんがいて,まだ入管通る前で、ルピーないし、トイレは切迫してるしめちゃ困りました。1ドル渡そうとしたら、そんなもんいらんて。おばちゃんの一週間分の稼ぎはあると思うけど、無用の長物だったみたい。結局、おばちゃんに謝りながら、無理矢理入りました。

 けどパリじゃあ、そんな事は通りそうもない感じ。

 ここでもtwo days passを買う。ロンドンでも一週間乗り放題パスを買った。地下鉄やバスが乗り放題。元が取れてるかははなはだ疑問だが、切符買うストレスがなく、乗り間違えても気にしなくていいのが一番かも。

 ミュージアムパスを日本で買っておいた。まず、のだめを見習って、凱旋門の上に登る。ひたすら階段を登る。ぜいぜい。パリが一望。私、高いところ大好きなんです。

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 上から放射状に広がる道路を見ると、なんだかパリって感じがした。写真の眼下がシャンゼリゼ。

 生まれて初めてのシャンゼリゼ通り。おー、シャンゼリゼと歌いながらカフェでランチ。

 そして、ルーブル美術館。珍しく娘と絵の趣味が合ったので、いきなり三階に上がってルーベンスやらフランドル絵画を見る。ニケのビーナスやモナリザにも会って満足。やっぱり凄い美術館やわ。

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 非常に不謹慎だが(?)笑ったのが、この下の絵。ルネスサンス期、男性は服を着ているのになぜか女性が真っ裸だというルノアールの絵は有名だが、これはその反対。戦いのさなか、女性は服は着ているのに、男性はふり○○(^^; こんなんで戦うんやろか?ほんま笑った…。

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 キューピットの彫像もありますよ~。情熱的。

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 そのままオランジュ美術館に行く。閉館ギリギリセーフ。私の後ろで切られました。ラッキー。

 360度のモネの睡蓮を見る。

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 ホテルのおじちゃんにオススメのレストランを紹介してもらう。地元でも人気らしい。ずっとパブだったから、久しぶりに人間らしい(?)食事をする。サーモンマリネに子牛と季節の野菜のグリル、白ワイン、ブラマンジェ、エスプレッソのコース。飲み物別で32ユーロ。街の小さなビストロレストランで食べるのが一番美味しいかも。

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2010-06-28

パリへ

今、セントパンクラス駅、朝6時半。
今からユーロスターて、パリに行きます。どんな珍道中が待っているやら。

昨日は部屋の電源が突然使えなくなるトラブルがありました。おじちゃんに言うと技術者を呼ぶと言うけど、梨の礫。
再度行くと、夜勤のお兄さんに変ってました。もうあきらめていたのですが、このお兄ちゃん、意外に頑張ってくれ、直してくれました。

アクセントが懐かしいから聞いたら、スリランカ人でした。良い人やった。
Have a nice day!

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ロンドン

 今回、ipod touchで送信してます。無料のwifiが繋がると通信料タダで更新出来ますが、カメラが付いてないので、画像は帰ってからです。ロンドンは無料lanが結構飛んでますが、田舎行くと繋がらなくなるかも?

 イギリスは北にあるので、夜10時頃まで明かるいです。大英博物館も夜11時まで開いています。お店も遅くまで開いているし、今バーゲンなんですが、時差ぼけで夜8時には爆睡してしまい、娘に叱られます。

今日は変なものを食べました。昼にコベントガーデンというマイフェアレディーの舞台になったマーケットに行き、パイを食べました。お兄さんのおすすめを聞くと、beef&kidney、腎臓、悩みましたが、チャレンジしました。牛のモツが入ったミートパイ。食べてやっぱり後悔しました、が、絶対日本には無い自信があるので、まあいいかな。

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今日は,ミュージカルのオペラ座の怪人を観ました。オペラ座みたいに円形の三階席まであります。オーケストラピットがあって、生演奏。仕掛けも凝ってるし、歌のクオリティは高いし、大満足。何を言ってるか分からないと言っていた娘も楽しかったみたい。幕間には、ファントムパンチを飲みました。

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 娘は、パブでビール飲みながら、ワールドカップサッカー見るのにはまってしまいました。ご飯が安上りなので、助かります。
 今日はイングランド戦、5ポンドで買ったイングランドのシャツを着て、パブでサッカー観戦です。めちゃ盛り上がってます。二点目、スルーされてこのまま負けたらヤバイです。

 ふらふら歩いていて、出会った、バッキンガム宮殿のhorse guardsの交代式(?)

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2010-06-26

ロンドン二日目

無事ロンドンに着きました。コメントありがとうございます。日本に帰ってからお返事しますね。

今、二日目が終わり、パブで念願のビール飲んでます。エールビールと言う地ビールが美味しいのですが,色々種類がある中で、ロンドンプライド、あとギネスをハーフパイント飲んでます。

アムステルダムの乗り継ぎは、人間はギリギリ間に合ったけど、荷物が間に合わず、ヒースローで待つこと一時間。宿に着いたら、既に日本時間夜中の12時回ってました。でもロンドンは夕方。宿でWORLDCUP日本戦見てました。既に24時間起きてます。朦朧。

宿はロンドンにしては安いので、床が少し傾いてます。一番狭い部屋だったけど、一番ベッドが広く、机が大きくて、いろいろ機能的だったかも。B&B(Bed & Breakfast)一部屋 55ポンド(一番物価の高いロンドンで、旅行中の最安値でした)。B&Bなので、朝食は美味しいかな。ベーシックタイプなので、バストイレなし(共用)。

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時差ぼけではやく目が覚めたので,今日はハンプトンコートパレスに行きました。郊外へ電車で三十分。パレスもさることながら庭が花ざかりでした。

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 ロンドンはほんとに今、花ざかり。一番良い季節です。花を見てると、日本では時期がずれて咲く花が、つまり春の花と夏の花がいっぺんに咲いてるのが分かる。パンジーとあじさいとペチュニア、コスモスが一度に咲いているのです。

 今回、ハンプトンコートパレスの庭は超人工的、おにぎり頭にカットした木とかあり得ない形してます。

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 一方、世界一の植物園キューガーデンは、野放図とも言えるほど自然。日本の植物園とは全然違って、面白かったです。高さ10m以上、木をてっぺんから見るTree Top Walkwayは怖いけど、楽しかった。

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 ロンドンに戻って交通博物館へ。馬車から、電車、地下鉄、トロリーバスから二階建てバスの歴史が分かりました。
 疲れたので、パブで飲んでます。

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2010-06-24

朗読

無事、朝4時半に起きれました。今、関空です。

昨日はP-actで、声に出して読もう会がありました。坂手洋二さんのブラインドタッチを読みました。
なかなかに楽しかった~。

お話は学生運動中に死刑判決受けて獄中結婚し、出所した人の話。私自身は三無主義、新人類と呼ばれた共通一次世代だから、はっきり言って闘争とかよくわかりません。主義主張で好きになるとか獄中結婚するとか、ようわからん。

あの頃の人は、はっきり言って暑苦しい~。暑苦しいわりに、恋愛はぎごちなくて、浮遊感があって、何だか不思議な感じ。

そう、結構正当な(?)恋愛ものでした~。何だか良いな。恋がしたいかも~。

ニ人芝居だから、登場人物とじっくり向き合えるし、ちょっとイイ感じのシーンはどきっとするし、やっぱり声に出して読むのは楽しい!

声も色々あって、主人公の男性も若い声、歳相応の声、優しい声、違ってて楽しい。頭の中で細身かな、背は高いんかな、ハンサムなんかな、美人なんかな、きついんかな、って色々想像するのが楽しかった。次回は漫画を読もうとか、いっぱい楽しい企画がありそう。

イギリス行ってきま~す。
明日からロンドン、パリ一泊挟んで五泊、その後バース、コッツウォルズ、チェスター、湖水地方、エジンバラまでせっかくなので、二週間、とっぷり遊んできます。
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2010-06-21

ちむぐりさ沖縄-その三

 もうここからは、重い話はないんだもん(^○^)

 唯一あるとしたら、行きのバスの中でガイドさんが基地について熱く語ったことでしょうか。日本政府は、「思いやり予算」と称して、建設費から電気代から水道代まで一切合切基地のお金を払っているのです。米軍が払うのは電話代だけ。思いやりってなんでしょうか、、とガイドさんは言っておられました。

 前回沖縄に来たときは、嘉手納基地の近くの道の駅に行きました。基地内は立ち入り禁止で見ることができないのですが、唯一ここの道の駅の屋上からは基地内が見えます。ちょうど、ファントムが飛び立つところを見ました。すごい轟音でした。。。

 一般道を通ると金網で囲まれた基地が、あちらこちらに見えて、基地の町、なんて不自由なんだ、なんて広い土地を占拠しているんだって分かるのですが、今回は高速道路での移動なので、基地の実感は薄かったです。その分、ガイドさんが言葉で語ったのだと思います。

 さて、二日目のツアーが終わった後、お土産を求めて国際通りに行きました。ガイドさんに教えてもらった公設市場。。 めっちゃ楽しかった。色とりどりのお魚、豚の顔も売っているし、ここは異国だなぁって。
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 昔韓国に行ったとき、市場の近くの旅館(ヨガン)に泊まったのですが、朝市場を通ったときには豚の頭がずらっと売られているのです(完全な頭)。ところが、夕方戻ってくると、耳が無くなり(売れた)、顔が半分なくなり…って減っていくのが面白かったですが、それに似たところがあります。。。

 青い魚、アオブダイ、初日にお芝居見に行っての帰り、沖縄料理居酒屋で食べました。食べていながら、青い魚を見ると、これを最初に食べた人はエライなぁって思います。ハリセンボンも食べるんだそうだ~。大きな、皮をむかれたハリセンボンがいました~。膨れるから、ふぐの仲間なのかなぁ~。身はぷりぷりしてそうでした~。
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 島らっきょうも売ってたし、海ぶどうも売ってたし~。道々でソフトクリームも食べたし~。
 沖縄はサービス満点で、ともかくありとあらゆるところで試食をさせてくれるのです。あっちつまみ、こっちつまみしているうちに、お腹は一杯。。。

 黒砂糖の試食では、産地によって全然味が違う。甘いの、そして苦みが残るもの、いろいろ。。チハルちゃんのお母さんは奄美の黒砂糖がお好きだそうだ。食べてみると、なるほどまろやか~。私も奄美か喜界島の黒砂糖が気に入りました。

 黒砂糖ミネラルたっぷりで、夏の暑さに良いらしい。那覇マラソンの時は、沿道で選手たちに黒砂糖を配って喜ばれたそうだけど、なるほどよく分かります!

 私はちょっと高かったけど、沖縄のアロハ、かりゆしウエアを買いました~。今回の記念品はこれです。。。

 ホテルに戻って、岩盤浴をし、お風呂に入る。。うふっ、完全リゾートです。。。

 そして三日目は、ちゅらうみ水族館満喫コース。今日は、時間に追われることはありません(実際は園内が広すぎて、足りなかったのだけど)。

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 水族館を満喫した後、次に、浜辺へ。海を見た瞬間、かおりちゃんと私が真っ先に海に入る。。。わー、お魚さんが泳いでる、泳いでるとはしゃぐ私を、「いい歳した大人が…」とやや冷たい目で見ているチハルちゃんと徳ちゃん。。

 海に来たら、海に入らにゃぁ~。私があんまりお魚さんと言い続けるので、とうとう、チハルちゃんと徳ちゃんも海の中に入って来る。そうそう、結局は入ることになるんだから、ね(^^; 
 
 沖縄の海は、磯の香りがしない。海もさらさらでべとつかない。プランクトンが違うんだそうだ。いいなぁ、沖縄の海はいいなぁ~。透明だし、砂は真っ白だし、いいなぁいいなぁ。

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 そして、最後、駆け足で沖縄郷土村へ。おばぁが駆け足で三線を教えてくれる。三線、私は人差し指にはめた爪、ギターやマンドリンのピックみたいに下から上にはじくのかと思ったら、上から下に下ろすのだそうだ。なーるほど、急に弾きやすくなる。なんだか、気に入ったかも~。三線で、きらきら星が弾けるようになりました~。
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 あー、沖縄は楽しかった。。ぜひ、もう一度、ありんこを連れて、じっくりと行きたいです。。

(終わり)

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ちむぐりさ沖縄-その二

 「ちむぐりさ沖縄」のお芝居、次の日の沖縄タイムスに記事になってました。
 19日は名護で公演があったようですが、こちらはどんなんだったのでしょうか。泡盛の酒蔵での公演。ちょっと興味があります。

 さてここからは、沖縄観光編です(^^;
 二日目は、首里城と戦跡巡り。三日目はちゅらうみ水族館です~。

 でも私は重い話担当になったので(^^;、重い話を混ぜて書きます(--;

 首里城、復元されて世界遺産に登録されています。戦火で破壊尽くされたのに、どうして世界遺産?ってちょっと不思議だったのですが、地下に基礎の遺構が唯一1箇所だけ残っていたのです。これがなければ世界遺産登録はできなかったと説明してくれて、なーるほどと思いました。中国と日本を混ぜたような琉球独特の文化、きれいに復元されていました。

 琉球王朝は昔から外国との交流があったため、さすがに外交の達人。ペリーが来てトップとの会談を要求したとき、江戸幕府はそのまま会談に応じて条約を結ばざるを得なくなったのに対し、琉球王朝では、仮の政府を作ってその代表と正殿ではない方の北殿で会談をして、ペリーはそれが正式の琉球政府で正殿だと信じたという話はおもしろかったです。

 次から、戦跡巡り、まずは「海軍司令部」の壕跡へ。
 昨日は陸軍、今日は海軍。海軍司令部の壕、こちらは立って歩けるくらいしっかりと作られていました。中も、電気が通ってました。明るいのだけど、一人で来たら怖くて、絶対に中には入れません。
 ここも陸軍の壕と同じく、戦争末期は廊下も部屋も、身体を伸ばすこともできないぐらい人で埋まってました。暗号室やら発電ブース、炊事室などが揃っており、司令官室もありました。
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 本土のために捨て石作戦とされ苦難を強いられた沖縄県民。軍の作戦のためにもみ消されては沖縄の人たちは浮かばれないと、後生その苦しみを伝えておこうと、沖縄の実情を異例の長文の電文で綴り、最後「沖縄県民かく戦えり。後生の特別の配慮を願う」と締めくくって自決した太田少将。その手榴弾が爆発した跡も、壁にそのまま残されていました。

 太田実少将の電文(旧海軍司令部壕のパンフレットから、現代文)
 「昭和20年6月6日 20時16分発
 次の電文を海軍次官にお知らせ下さるよう取りはからって下さい。
 沖縄県民の実情に関しては、県知事より報告されるべきですが、県にはすでに通信する力はなく、32軍(沖縄守備軍)司令部もまた通信する力がないと認められますので、私は、県知事に頼まれた訳ではありませんが、現状をそのまま見過ごすことができず、代わって緊急にお知らせいたします。
 沖縄に敵の攻撃が始まって以来、陸海軍ともに防衛のための戦闘にあけくれ、県民に関しては、ほとんどかえりみる余裕もありませんでした。しかし、私の知っている範囲では、県民は青年も壮年も全部防衛のためかりだされ、残った老人、子供、女性のみが相次ぐ砲爆撃で家や財産を焼かれ、わずかに身体一つで、軍の作戦の支障にならない場所で小さな防空壕に避難したり、砲爆撃の下でさまよい、雨風にさらされる貧しい生活に甘んじてきました。
 しかも、若い女性は進んで軍に身をささげ、看護婦、炊事婦はもとより、砲弾運びや切り込み隊への参加を申し出る者さえいます。敵がやってくれば、老人や子供は殺され、女性は後方に運び去られて暴行されてしまうからと、親子が生き別れになるのを覚悟で、娘を軍に預ける親もいます。
 看護婦にいたっては、軍の移動に際し、衛生兵がすでに出発してしまい、身よりのない重傷者を助けて共にさまよい歩いています。このような行動は一時の感情にかられてのこととは思えません。さらに、軍において作戦の大きな変更があって、遠く離れた住民地区を指定されたとき、輸送力のない者は、夜中に自給自足で雨の中を黙々と移動しています。
 これをまとめると、陸海軍が沖縄にやってきて以来、県民は最初から最後まで勤労奉仕や物資の節約をしいられ、ご奉公をするのだという一念を胸に抱きながら、ついに(不明)報われることなく、この戦闘の最後を迎えてしまいました。
 沖縄の実情は言葉では形容のしようもありません。一本の木、一本の草がすべて焼けてしまい、食べ物も6月一杯を支えるだけということです。
 沖縄県民はこのように戦いました。県民に対して後生特別のご配慮をしてくださいますように。」

 資料館もあったのですが、なんせ観光バスのツアーは、5分刻みのスケジュール。ここもこの後のひめゆりも、平和祈念資料館も、駆け足でじっくり見られず、心残りでした。

 次は言わずと知れた「ひめゆりの塔」。ひめゆりの塔に行くまでに、バスの中でひめゆり部隊の話を聞きました。今でも語り部として、当時の生存者がお話をしてくれています。BIGINで有名になった「島唄」あの歌に隠されたもう一つの意味も語ってくれました(実は知っていたのですが、本当にそうだったとは知らなかったのです)。ここの資料館には、最後の部屋に証言がいっぱい残されていて、ほんとうに胸が痛みます。(語るに言葉が足りません)

 そして平和の礎、祈念資料館。。ここには、沖縄戦で犠牲になった人の名前が刻まれています。6月23日は沖縄慰霊の日、沖縄戦が事実上終結した日です。そのため、石碑の前にはお参りをする人が見られました。どこでどのように亡くなったかもわからない、お骨もどこにあるのかわからない、そんな家族のために、家族の名前が刻まれたここで、家族の名前をなぞりながらお参りをしていたのです。それを見ていると胸がいっぱいになりました。
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 ここには沖縄の人だけでなく、沖縄で亡くなった本土の人の名前、そして外国人の名前もありました。もう二度と戦争を起こさない、平和の波を沖縄から発信していこうということで、真ん中にある泉は沖縄を中心にして、さざ波が四方八方に広がって行きます。噴水から外へは波形をしたタイルでさらに大きく広がり、その外に波の形をした石碑が取り囲んでいます。

 戦争で犠牲になった人を記念するモニュメントは世界各地にありますが、(敵である)外国人を含めて、戦争で犠牲になった人を記念して平和の祈念をする場所は世界中探しても唯一ここだけだそうです。憎しみや悲しみを超えて、それだけ平和への祈念が強いことに感動を覚えました。

 すぐそこは海。海はどこまでも青く空もどこまでも青い。ひめゆりの塔からはすぐで、ひめゆりの洞窟から出て走ったら海があったという証言に納得しました。この海が軍艦で埋まって真っ黒だったのです。しかも左手には、suicide cliff 、前と後ろから追い詰められて海に飛び込んでいったという崖です。資料館も見たかったのですが、ここは全く時間がなくて、次回への持ち越しです。
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 ガイドさんが、あの大戦から以降、沖縄では「命どぅ宝」という言葉が大切にされていると言っていました。まだ若いガイドさん、親の世代も戦争を知らない戦争を知らない二世だそうです。それでも自分が知ったこと学んだことを、自分の言葉でさりげなく語り、訴えているところに、私は(ガイドとしても)非常に感動を覚え、学ぶところが多かったです。

 さて、ここからはがらっと変わり、リゾート沖縄(^^;
 二日目の最後は、沖縄ワールドに行きました。が、ここも鍾乳洞で時間を使い果たして、全然時間が足りない。あれも食べたい、これも飲みたい、あれも見たい、これもやりたい…でしたが、唯一、沖縄の衣装を着て、コスプレしただけでした(^^;

 みんなは大きなニシキ蛇のアルビノに触って喜んでました…(--; 私も喜んで蛇に触ったものの、これ、無理! 思っていた感触と異なり、さらさらしていたけど、なんだか妙に柔らかくて、絶対に無理。。。みんなはそのさらさら感と、可愛い顔が気に入ったみたいで、可愛い~~(はぁと)ときゃーきゃーと蛇と戯れてました。
 が、私はそっとその場を離れて、一人寂しく(?)エイサーを見てました。。。(^^; 

 エイサーは踊り手が若くて躍動感満載でめっっちゃ楽しい。最後のエイサーの5分間、みんなでカチャーシーを輪になって踊りましたよ~。。。踊らにゃ損、損の乗りです。。あー、楽しかった、けど、もっといたかった。

 ほんと、ツアーは時間が足りない。めっちゃ消化不良。。。。資料館もじっくり見たかったので、次回(っていつ?)への持ち越しです。

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(その三につづく)

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2010-06-20

ちむぐりさ沖縄-その一

 沖縄から、4名、無事帰って来ました。

 苦しくて、切なくて、めっちゃ楽しくて、色んな思いが詰まった旅行になりました。
 そう、戦争を引きずった沖縄と、ひたすら青い海を満喫するリゾートの沖縄。現代の沖縄の両方の面を、垣間見た気がします。
 なぜだか、徳ちゃんがグルメ担当で、私が重たい話担当になったので(^^;、美味しい話は徳ちゃんのブログを見て下さいませ(横にリンクが貼ってあります)。

 ちむぐりさ沖縄は、去年大阪であった公演を見に行って感動をしたお芝居です。
2009年のちむぐりさ沖縄の記事

 このお芝居の沖縄公演があるというので、やっぱりお話の舞台である沖縄で見てみようじゃないかと、沖縄まで出かけて行くことになりました。このお芝居の舞台である、陸軍病院20壕(第二外科病壕)が一般公開されているので、お芝居の前に壕と資料館(南風原文化センター)を見学することにしました。

 沖縄は熱帯でした。。。

 空港に着いたとたんに、何?これ?のむーーとした熱気。すぐに汗が噴き出して来る。気温30度、湿度90%。
 身体が全く温度の変化に付いていけず、1分ごとに体力が奪われるのが分かる。。。暑い。。。暑い。。。サウナの中で行動しているみたい。。。

 ホテルに荷物を置いて、昼食。国際通りのお店を1時間ほど見てから、お芝居のある南風原町へ。ここで、突然、大事なことを忘れた事に気がついた。。。後から遅れて一人で来るかおりちゃんのためには、事細かに時間と移動経路を書いた「指示書」を用意したのに、肝腎の自分の分を忘れた(^^; バスの時間が分からない(^^; どこで下りるかもわからない。。南風原の地図もない。。。

 何本か電話をかけて、バスの時刻やら、下りるバス停を教えてもらう。バスに乗ること30分。下りるように指示された「福祉センター前」で下りる。

 「4時に予約したのですが、言われた通りのバス停で下りました。文化センターはどうやって行ったらいいですか?」
 「今どこにいます?」
 「福祉センター前ですが」
 「うーん、役場と反対方向だけどねぇ、、だれか近くにいる人に聞いたらすぐ分かるから」
 「・・・・・」

 誰かって言われたって、近くに誰もいません。。。再度、電話をかける。

 「あの、誰も人がいないのですが、どうやって行ったらいいですか?」
 「山の方に行って、ともかく南へ100mほど歩いたところだから」
 あの、、、、南ってどっち???

 沖縄流の(?)アバウトな説明にも負けず、近くの歯医者さんに飛び込み、なんとか自力でたどり着きました。もうこの時点で、大分、体力消耗してます。。。

P1020186a汗だくで文化センターへ。入口に絵がある。カラフルな色。熱帯の魚か何かかと思えば、違う。。よく見ると火炎放射器で壕の中の人が焼かれる絵柄だった。。
 そして受付のお姉さんを見て絶句。。なんでありんこここにいるの?お姉さん、今日沖縄に一緒に来れなかったありんこにそっくりなのです。めっちゃびっくり。。。

 ともかく先に壕の見学を申し込んでいたので、壕に行くことにする。

 「壕の見学予約をしているのですが…」
 「はい。何で来られました?」
 「歩いて」
 「……」
 ありんこ似のお姉さん絶句。絶句した意味がすぐわかる。
 「あの・・・、壕なんですが、山一つ超えたところにあります。。」
 「山一つ!? どの山ですか?」
 「あの山」
 「……」
 「車だと近くまで行く道があるんですが。」
 「あらま。。」

 仕方が無いので、山登りすることになった(^^; この山といっても、丘ぐらいなのですが、「飯上げ」と行って、戦争当時、炊事場からこの山を越えて、向こう側の壕まで食事を運んだのです。奇しくも、ひめゆり部隊と同じ道を歩くことになる。

 山を越えると、20号壕。。ヘルメット被って、懐中電灯持って、中に入る。写真ではフラッシュたくので明るく映っているが、中に電気はなく真っ暗。その上、むわっと蒸し暑い。蒸し暑くて息苦しい。それにものすごく怖い。。怖い上に、下はぬかるんでずるずる、下に気を取られると、頭を天井にぶつける。

 真っ暗な中で、ここにベットがずらっと並んでいた、ここは手術室で麻酔無しで足を切り落とした、そして壕を放棄する時、重症患者に青酸カリを配った。。。壕の中で聞く話は、分かっていても、辛いものがありました。当時はろうそくをともし、蝋燭が消えかかると酸素が足りないということなので、毛布なので換気をしたそうです。

 入口近くが真っ黒に焼けています。アメリカ軍の火炎放射器の跡です。本当に身の毛がよだちます。

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 やっとのことで外に出、また一山越えて資料館へ。
 資料館の中に入ったとたん、足が固まる。今度は、壕の中の様子が再現したベットがずらーーー。人形が置いてあるのだけど、人形が生々しい。。ここ南風原の資料館は、沖縄戦のことをきちんと展示した良い資料館だと評判らしい。展示物が豊富で、手で触れる(触りたくないものもたくさんあるが)。

 心身ともに、かなりのダメージを受けたので、晩ご飯を食べて鋭気を養うことにする。
 が、お芝居のある会場の近くには何もない。。30分以上歩いたけど何もない。。。結局、コンビニでおにぎり一個買って食べる。。もうよれよれのダブルパンチ。ここで、無事にかおりちゃんが合流。良かった良かった。

 今回の「二つの壕(ちむぐりさ沖縄)」
 お陰様でリアルに体験できました。夏、あの蒸し暑さ、狭い壕。それだけでも辛いのに、戦争中は病院壕、どんなんだったのか想像も付かない。私には絶対に無理!って思いました。でも、実際は無理って言いながらも、やらざるを得なかったのですものね。むごいことです。

 会場は満杯の人。みんな真剣に聞いている。。資料館で知ったが、この地域の生存率は50%。二人に一人が亡くなっている。身内の誰かが必ず亡くなっているのです。

 本当は交流会に出るはずだったが、あまりにダメージがきついので、ホテルに帰る事にする。帰りのタクシーの運転手さんは、このお芝居を見に来てくれた人。前回見て感動して、今回も来てくれたそうだ。もう一つの壕、天皇を避難させるための松代の壕のことを、その時初めて知ったそうだ。松代の壕、ぜひ見に行かねば。。。

 陸軍病院の壕の案内をして下さったボランティアの方。かなり年配の方だが、この壕のことは以前はあまり知らなかったそうです。そう、あまりにむごくて、あまりに辛い思い出で、忘れたいから、親もあんまり語ろうとはしなかったらしい。この南風原の陸軍病院壕跡も、戦争史跡として残そうという運動で残ることになったらしい。負の遺産でも後生に伝えて行きたい、伝えていかねば、ということらしい。

 語るのは辛くても、語っていかなければ、語って行くことに意義があるというのは、次の日から2日間お世話になった、観光バスのバスガイドさんからも学んだことです。。

 ホテルに帰って、心機一転(?)(^^;、沖縄料理のお店を紹介してもらって、ビールを飲んで美味しいものを食べて…。美味じゃのう、美味じゃのう。。。
 ほんと人間って。。しょうがないのう。。。沖縄ではずっと、落ち込んでは美味しい食べて喜び、落ち込んでは、リゾート気分できゃーきゃーといい、相反する気持ちに翻弄される日々でした。

(その二につづく)
 

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2010-06-14

創作劇始動&沖縄

気がついたら、6月だった。半年終わってもうた…。大変や…。

 今年も「山科こどもの創作劇」が始動しました。性懲りもなく今年も参加します(^^;
 
 去年は、確か4月に突然メインの仕事が吹っ飛んで、準失業状態(^^; 5月は真っ暗(^^; ハローワークにも通って、新規開店した旅館について(仲居さんを募集していた)旅行社の友達に知らせたら、いたく喜ばれたり(その後お得意さんになったらしい)、ハローワークで演出家募集しているんやってびっくりしたり(^^; そうか、40過ぎると人として扱ってもらえないんや~と、落ち込んだり…。

 創作劇に出たいけどそれどころじゃない(--;と、かなり躊躇したあげくの、ワークショップ終盤からの参加でした。

 仕事は江戸から都落ちして(^^;大阪に店替えしたものの、仕事がすぐに来るわけでもなく、もやもやうじうじとしておりました(実は密かに悩んでたんです(^^;)。これではいかんと、突如、通訳案内士の資格を取ろう!と奮起したのもあの頃。

 いやー、創作劇は楽しかった。新しい発見がいっぱいあったし、あそこで子供達と無心に遊んでいると、元気になりました。いっぱい元気もらいましただよ~。

 で、今年も参加させていただきます。どんなんになるんでしょう。o(^-^)oわくわく。どきどき。

 お陰さまで、お仕事の方は去年の秋頃から順調に入るようになり、なんと江戸のお店も復活してそこそこ忙しいです。リーマンショックのせいで、単価をがつんと削られたのがめっちゃ痛いですが(働いても働いてもお金にならない感じ(--;)、まぁ、あるだけありがたいことでございます。

 今週、頑張って仕事したら、週末は沖縄です!
 『肝苦りさぁ沖縄』(ちむぐりさぁうちなあ)、今年は「ふたつの壕」という名前で、沖縄公演(南風原、名護)と、京都公演があるのです。12日付けの毎日新聞にでかでかと、写真入りで記事が載ってました。インターネット版は文章のみ。
http://mainichi.jp/area/kyoto/news/20100612ddlk26040622000c.html

 沖縄行き、ミュージカルメンバーと去年から始まった戦跡巡りツアーの流れ、去年は知覧に行きました。今年は松代かと言っていたのだけど、沖縄公演があると聞いて、突如沖縄に行くことになったのです。戦跡巡りツアーの言い出しっぺのありんこが仕事で行けなくなったのがめっちゃ残念ですが、かわりにとくちゃんを誘って、ちはるちゃんとかおりちゃん4人で行くことになりました~。

 一日目は、南風原の会場の近くの、劇の舞台にもなった、陸軍病院の壕に見学を申し込みました。団体名を書かなくちゃいけなかったので、「ちむぐりさ沖縄を沖縄で見る会」と勝手に命名しました(^^; で、その晩、南風原で公演を見ます。次の日からは当然ながら、観光(^^; 
 自力では動きづらいので、現地のツアー、首里城と戦跡巡りツアー(ひめゆりや海軍の壕とか)と、ちゅらうみ水族館満喫コースを、申し込みました~。

 で、帰って来たら、すぐイギリスだ(^^; ちょっと早い夏休みです。
 仕事先には、この後は盆も夏も暮れも関係なく働かせていただきますって連絡しておきましたが、仕事無くなってたらどうしよう…(^^;

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2010-06-12

学生さんご招待

 とくちゃんに誘われて、家の近くの龍谷大学の演劇サークルに、演劇鑑賞会・京都労演の宣伝に行って来ました。

 なんと京都労演では、学生さんに今年の残りの作品から好きな作品を1つ選んでもらい、学生さんをご招待(中・高・大学生タダですよ~)しようという企画があるのです~。

 目的は、演劇鑑賞会っていうものを知ってもらうこと。わざわざ東京まで行かなくても京都で、老舗の劇団(文学座とか)から新しい劇団(燐光群とか)まで、珠玉の作品が見られる。そういう会があることを知ってもらうことです。気に入ったら、入会してくれたら嬉しいかなぁ。

 俳優さんたちとの交流会とか、制作の人たちの話が聞けたり、ミニ講座があったり、観劇ツアーがあったり(去年は仲代達也さんの無名塾のマクベスを見に行きました)することも宣伝しました。

 5分ほどの、ほとんどとくちゃんがしゃべるので、私はにぎやかしでしたが、学生さんみんな正座して話聞いてくれて、ものすごく礼儀正しい。

 それに、最近の大学ってキレイ。
 サークルのボックスって、私が学生の時は、敷地の片隅のプレハブのきたなーいところでしたが、龍大は立派なビル一棟がまるごと全部、サークルボックスなんです。中で住めそう(^^;

 これからのラインナップは、7月4日・5日「シャッター通り商店街」 青年劇場
  これはシャッター通り商店街を再生させる元気の出るお話です。問題は、「シャッター通り商店街」のポスターを、商店街に貼ることができないこと(^^; だって、分かっていても、思いっきり嫌がられます(^^;

 9月5日・6日 「鬼灯町鬼灯通り三丁目」トム・プロジェクト
 川島なお美さんが来るらしい。劇団桟敷童子の東憲司さんの書き下ろし。男が復員して来たら、家に女二人が同居していた。葬式ももう済ませたらしいって、めっちゃ面白そうで、私の期待大の作品です。

 10月3日・4日 「あおげばとうとし」 青年座
 小学校の職員室の話らしい。中島淳彦さんの書き下ろし。苦い大人の喜劇らしい。

 12月17・18日
 クリスマス・キャロル 劇団昴
 クリスマス・キャロルっていえば、ディケンズですね~。
 あー、一年が終わってしまう(^^;

 あっ、ご招待は学生さんだけですが、良かったら大人の方もお問い合わせ下さいね~。
 京都労演 075-231-3730

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2010-06-07

ロッカビーの女たち

 今日は、待ちに待った労演の例会、 「ロッカビーの女たち」を見に、芸館に行って来ました。
 日曜日ということもあり、満員御礼で、補助席まで出す盛況ぶりでした。

 1988年に起きたパンアメリカン航空爆発事故、乗員乗客全員と地上の村の村民がなくなった事件を扱った事件です。クリスマス直前、息子の帰りを待ちわびていた家族に悲劇が襲いかかります。そう、一瞬にしてワイドショーの悲劇の主役になってしまったのです。7年経っても息子の死を受け入れられない母親。息子の遺体は、かけらさえもなく、遺品も何もなかったため、心の整理がつかないのです。

 お話ははっきりいって暗いです。夜の場面から始まるので、場面も暗いです。胸は締め付けられるように痛くなるし、涙は滂沱のごとく首筋まで流れるし、辛い。。。

 けど、本当に良かった。良いお芝居でした。。。。

 というのは、多分、人間の悲しみとか苦しみとかから逃げずに、真っ正面からリアルに描いているからなのでしょう。

 憎しみを愛に変えるなんて、並大抵のことじゃない。
 悲しみなんていつまで経ったって、癒えるもんじゃない。時間が解決するなんて嘘だ。
 寝ても覚めても、悲しみは襲って来る。逃げることはできない。

 そう、安直な絵空事は現実にはないのです。

 物語の主人公マデリーンが味わった苦しみにはほど遠いかもしれないけど、私も生きるのが辛くて辛くてしょうがないときがありました。

 その時言われた言葉…「私はあなたの人生を代わって生きてあげることはできない。あなたの苦しみはあなたのものです。」「イヤだ、そんなの」っていう一方、「私の苦しみは誰にも分からない」って閉じこもる。分かって欲しいのだけど、分かって欲しくない。

 マデリーンも悲しみやつらさを周りにぶつけてぶつけて、どうしようもないけど、結局は、自分で癒していくしかしかたがないのです。でも、それは並大抵のことじゃないのです。ジタバタ暴れて暴れて…、それでも悲しみも苦しみも片時も離れず追いかけて来る。この世の地獄。

 ちょっと宗教的なことになるけど、その時に非常に納得したことがありました。イエスが十字架にかかって死にます。そして復活するのですが、死んですぐに復活するわけじゃない。その間に、黄泉に行くのです。3日間地獄をさまよってからでしか、復活できない。

 そう、人間そう簡単に立ち直れるもんじゃないんです。復活するためには、地獄をさまよわなければならない。

 その地獄を、きちんと描いていたのがこの作品です。だから、リアルに胸に迫ってくる、嘘じゃないリアルがそこにある。

 その地獄をさまよっているマデリーン、悲しみを表には出せないけど、同じように悲しんでいる夫。一番近いのだけど、だからこそ一番遠い存在。そして憎しみをぶつけてしまう。 「憎しみは傷ついた愛の形」 愛の反対は憎しみではなく、無関心。

 そのマデリーンと同じ苦しみを味わっている、同じように家族をなくしたロッカビーの女たち、時に憎しみが表出したり、感情をぶつけたりしながらも、なんとかしようと、何か行動を起こすことで自分を癒していこうと、ランドリープロジェクトを始める。

 決して簡単なことじゃないし、決して理想論じゃないけど、確かに、憎しみは愛で乗り越えられるのかもしれない、癒しはいつか訪れるのかもしれない。。。

 マデリーン役の寺田路恵さんは素晴らしかった!
 
 個人的には、アメリカの役人と掃除婦のやりとり、辛い中にちょっとほっとする笑いがあって、ほんとホッとしました。。よく出来たお芝居だ~~。

 終わった後、交流会があり、出演した俳優さん方5人も、来て下さいました。直接お話が聞けるのは、ほんと楽しい。今回「ロッカビーの女たち」は再演だそうです。再演の方がはるかに良くなったそうです。現地イギリスで、西海さんがお芝居を観たとき、基本二人芝居で、女達はギリシャ劇のコロス(コーラス隊)という位置づけだったそうです。今回も女達は時にハモり、詩を奏でます。でも、全くお芝居の中に融合していて違和感がない。それは演出の力だとおっしゃっておられました。

 こんなお話が聞けるのも、演劇鑑賞会ならでは。。。

 ロッカビーの女たち、今日(7日)、明日(8日)も午後6時半から京都芸術会館でやっています。お問い合わせは、京都労演まで231-3730。ぜひみんなに見てもらい、演劇鑑賞会を知っていただきたいので、見たい方はどうぞ問い合わせて下さい。
 

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2010-06-06

フラメンコ

 昨日は、フラメンコのスタジオコンサートでした。
 お忙しい中、見に来て下さった方々、本当にありがとうございました。
 大きな失敗もなく、無事に2曲踊りきりました。

 生歌、生演奏で踊れる、一年半に一度の至福の時です。
 ほんと、歌もギターも素晴らしくて、思わず聞き惚れてしまう…のですが、生歌、生演奏って事は、毎回歌もギターも微妙に違うってことなんです(^^; ここ10日、リハの歌とギターを聞きこんで、解析して修正していたのですが、ゲネで踊りながら…歌ちゃうやん、ギターちゃうやん(^^; 本番も微妙に違いました。ほんとはアドリブの駆け引き(?)を楽しむもの、らしい。友達いわく「素人相手に殺生やで~」 でも、「歌が違うって分かるようになった私たちって、成長したよね(^^;」と最後は自画自賛(^^;

 10分の大曲のソレア。本当に気持ち良く踊れました。ソレアは、愛の苦しさとか人生のつらさを歌った曲。哀愁ただよう情感たっぷりに踊れたらいいけど、なかなかまだまだ修行が足りませぬ。でも一年半かけて、踊り込んでいるので、もし万が一頭が真っ白になっても身体が勝手に動く自信があります。いつも私は、舞台に立った瞬間から、私が主役って思っているので(^^;、今回も、ギターも歌も私のために歌ってくれていると思って、踊りました~。本当に楽しかった…、気持ち良かった~。

 一方、最初のコロンビアーナ。緊張しました…。緊張して、最初足がこわばる(^^; 顔もこわばる。ほんとは楽しい曲なので、笑いながら踊るはずでしたが、すっかり笑顔を忘れてました(^^; これは4ヶ月ほどで仕上げた曲なので、踊りこんでないのです。踊り込んでないと、やっぱり余裕がない(--; 常に頭の中で、次の振りは、次のステップはって考えていて、音楽を楽しむ余裕がないです。

 フラメンコ、始めてから10年近くになります。最初の2年間はカルチャーセンターみたいなところで遊んでいたので(フラメンコ風の踊りだった)、今の教室に来てからは、正確には7年ぐらい。最初に教室に行った時の衝撃は忘れられません…。今まで私たちが踊っていたのはあれはなんだった?みたいな衝撃。これが本当のフラメンコだっ。

 その間、人生にいろんなことがありました。
 フラメンコをやっていて一番良かったのは、ともかくステップやら振りやら覚えるのに必死で、レッスンの一時間半は、全てを忘れられること。頭がからっぽになって、気持ちも高揚して楽しい。もちろんレッスンが終わったら、日常の問題はそこに変わらずあって、同じ日常なのだけど、ともかく何もかも忘れられるのが良かった。ということで、フラメンコは私の人生で欠かせないものになりました。今さらプロになるわけでもないので、自分なりに少しずつ極めていけたらいいなぁ。

 次はどんな曲を踊るんだろう~。楽しみ~。

 それより、腕が長くなりたい…。引っ張ったら、伸びるもんなんやろか、腕って(^^;

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