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2015-05-31

山中城跡と箱根旧街道峠越え

 お仕事の研修で箱根峠越えをして来ました。正確には、東田子の浦から小田原まで(;^^)ヘ..
 実際に歩くのは来月なので、研修では車道部分は車で通過。けど、旧街道はもちろん車が入らないため、山中城跡から箱根湯本までがっつり歩きました。

 ちなみに長く続いたこの研修も、今回で最後\(^-^)/バンザーイ 
 京都から江戸まで五十三次全て行きました!
 実際にお客さんと歩いたのは、日程の関係で抜けている部分を除くと、約500kmのうち430kmかなぁ。。

 さて山中城跡。ずっと来たかった山中城跡。
 実は大学の時の中世史の先生が山中城の研究をしており、山中城がー山中城がーと言っていたのは覚えているのだけど、もちろんその頃の私にはネコに小判(^^;

 あれから数十年。 今はすっかりキレイに整備されているが、やっぱり現地に行かないと、このすごさは分からない。山中城は、秀吉の小田原征伐を迎え撃つために北条氏が建てた城。。が、十七倍の兵力差で、わずか数日で落城した悲劇のお城。。

 お城の縄張(なわばり:つまりはレイアウトのこと)がきれいに残っていて、堀や、曲輪(くるわ:堀や石垣(ここにはない)で囲まれた区画のこと)、虎口(こぐち:曲輪への出入り口、狭くなっている)が素晴らしい!!

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 三島の方から上がって来ると、まず岱崎出丸という大きな台地状の曲輪に出くわす。が、歩いている方にしてみれば、細い谷筋を進んでいるだけ、上に実は広大な曲輪があるなんて分からない。。つまりは上から矢を雨のように射かけられるという寸法(;^^)ヘ..

 道路を渡って、いよいよ中心部に進む。まず現れたのは、堀の途中に畝のように掘り残しがある「畝堀」 攻める側から言えば、つまりは障害物競走(;^^)ヘ..

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 そしてまずは広大な西の丸。。でかい!そして西の丸の回りには、これまた特徴的な「障子堀」、堀を障子の桟のように掘り残した北条氏の技術の粋を集めた堀。

 まるで庭園みたいだけど、こんな複雑な堀の中で戦う身になってみると(;^^)ヘ.. 戦いにくいことこの上ない。

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 ちょうど夕方で富士山がキレイでした。

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 西の丸の先に西の櫓があります。

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 くるっと後ろを振り返り、西の丸から反対方向、向こうの尾根上にあるのが二の丸、その先に本丸方面。

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 途中、狭くなった虎口(曲輪への入口)やら、架け橋やらを越えて、本丸。本丸のさらに奥に北の丸。北の丸の堀は、写真ではわかりにくいけど、高さ10mぐらいの崖。。石垣を使わずにこんな深い堀が作ったのはすごいらしい。

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 この山城、城の中に水場があります!兵糧庫もあります。。天守櫓もありました。。写真では伝わらないので、是非、1度、行ってみて下さいませ。私も、限られた時間での見学だったので、もう一度じっくり来たいです。


 さて、いよいよ箱根旧街道峠越え。石畳が続きます。関東ローム層のズルズルの道だったため、石畳が整備されたのだけど、石畳が敷かれる前は、ここらにいっぱい生えている箱根竹を敷き詰めたそうです。

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 サラサドウダン

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 なんじゃらほい?(教えて下さい)アジサイ科のようなヤブデマリのような?

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 ツクバネウツギ

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 この気持ち悪い虫みたいな実はなんだろうと思ったら、ヤマグワらしい(;^^)ヘ..
 食べてみれば良かった(;^^)ヘ.. けど、勇気いりそう。。まずどこかでマグワを食べてから考えよう。。

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 箱根はホウノキが多かった。。トチノキ探したけどありませんでした。御坂道のトチノキとはやっぱりシルエットが違う。。峠の向こうでしたが、ホウノキのお花もありました。

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 ホウノキのお花。。はっぱは似てるけど、お花はトチノキとは全く違う。

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 箱根だけあって、ハコネウツギがあちこちで見られました。色が変わっていきます。

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 箱根峠近くの接待茶屋近くに、シロヤマツツジが一輪だけ残ってました。

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 もちろんヤマツツジもきれい。

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 そして箱根峠、、峠は車道、あまりにあっけなくて写真がない(;^^)ヘ..
 峠近くの展望台から、眼下に芦ノ湖、そして、駒ヶ岳やら神山が見えてました。駒ヶ岳ロープウエーは動いてませんでした。そういえば、前日は大涌谷の近くの小涌谷のホテルに泊まりましたが、火山性微動と思われる突き上げるような地震が数分おきにありました(;^^)ヘ.. ドン、ドンって結構怖かったです。

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 挟石坂の近くにあったヤブデマリ。美しい!

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 芦川の古い石塔群。

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 なんと万治元年(1658)年の古い庚申塔もあります。

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 そしてお約束の箱根関所跡。。ここは何度来ても楽しい~~。

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 箱根はほぼ関所だけの小さな宿場町。ここはもともと東海道ではなかったが、徳川家康が東海道を整備するときに、三島と小田原から強制的に住民を駆り出して宿場を作ったため、三島町と小田原町に分かれている。

 本陣跡は箱根ホテル。。ここのカレーはめちゃ美味しいらしい。。が、3500円もするらしい(;^^)ヘ..3500円のカレーを食べる日が来るとは思えないが、いつか機会があれば食べてみたいものだ(自分で払う気はない(;^^)ヘ..)

 資料館でもじっくり時間を使う。今回も新しい発見がいくつか。。特に、こないだ御坂道で古い官道の話を聞いたばかりだったので、徳川以前の古い御殿場に抜ける官道の東海道、鎌倉時代にできた湯坂道など、古い古道の関係がようやく頭の中で整理できた。このあたりの古道も歩いてみたい!

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 お約束の杉並木~。

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 ここから箱根湯本まで、断続的ではあるけどがっつり石畳。。なんとか転ばしの坂とか、どんぐりほどの涙がぽろぽろ出た辛い坂とか、とりあえず、いろんな坂が出て来るが、石畳こけむしていて、滑るし結構な勾配だし、最後は食傷気味(;^^)ヘ.. けど、雰囲気は良くて、新緑きれいで気持ちよかった~。

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 ウツギが花盛り。

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 ノイバラ。

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 さすがに疲れた頃に畑宿へ。

 この碓氷峠道って歩いてみたいなぁ。

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 さらに歩いて箱根湯本。。研修なので、温泉立ち寄りはないのだ(T^T)
 ここで愚痴ると、この研修はめちゃ大変で、朝8時に京都駅で新幹線にのって研修が始まり、お昼を食べたのが2時(ここまでは普通)、それから休憩なしで研修終わりに晩ご飯食べたのが夜の10時(T^T) お腹減って減って、あまりにひもじかった記憶と、次いつご飯が食べれるか分からないため、二日目の朝のパンバイキングで、小さなパンを10個も食べたのだった(;^^)ヘ.. こんな思いをしても痩せないわけです(;^^)ヘ..

 さらに小田原まで行って、小田原城を見学。このときはもう天守閣が閉まっていたが、以前に行ったときは、天守閣から、秀吉が一夜で作った石垣山城が目の前に見えて、そら、そこ取られたらもうアカンやろと、妙に納得した記憶が。。石垣山城行ったことないので、いつか行きたーい。ハイキングコースになっているらしい。。

 ということで、小田原で終了。みんなは静岡まで車で帰ってから帰るが、私はここで研修離脱。。たまーーーにしかひかりが止まらない小田原駅。ひかり発車まであと5分。ダッシュして、改札。。余裕やんと見たら東海道線(T^T)、、気を取り直してダッシュして、入ったのが小田急線(T^T) すぐにキャンセルしてもらってさらにダッシュして、階段駆け上がったらひかりがいて、ギリギリ滑り込みセーフ。。諦めない気持ちが大事やね(;^^)ヘ..

 というバタバタで終わった、最後の研修。。2年近くにわたった研修。もう来なくていいかと思うと地味に嬉しかった。


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2015-05-26

御坂道

静岡山岳自然ガイド協会の研修で、御坂道を歩いてきました。

 御坂路は、河口湖から御坂峠を越えて甲府に通じる古代からの路で、その歴史は律令制度の官道にまで遡る。それ以来、明治の始めまで主要街道として人々に使われてきた。

 普通、峠越えといえば、しかも標高の高い場所での峠越えといえば道幅はそれほど広くないが、御坂路は馬も通った往来の激しい場所だったらしく、その道幅の広さにびっくり。それもそのはず、御坂路を歩いた後、産屋が崎で古代官道を発掘した担当者からの話を聞いて、当時の官道が6m幅だったことを知った。6m幅といえば、約3間。江戸時代の東海道が普通3間幅なので、いかに主要幹線道路だったかが分かる。

 藤野木の入口。今は狭い入口だが、明治時代の古い写真(ケンブリッジ大学秘蔵明治古写真)をみると、当時の道幅はもっと広い。つまりは、元々は5m幅の広い道だったらしい。

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 入口にある説明板。

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 オドリコソウ。日本固有種。ヒメオドリコソウは外来種。

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 なぜかクリンソウ。

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 シロバナヘビイチゴ。

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 三星神社。

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 藤野木のオオボダイジュ(天然記念物)。。お釈迦さんが悟りを開いた菩提樹(クワ科)も、シューベルトの歌の菩提樹(セイヨウボダイジュ)も、この菩提樹(アオキ科シナノキ属)も、名前はみんな菩提樹だけど、全部違う種。

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  ツリバナという木。

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 道の一段上に古道があり、ちゃんと石垣で護岸してある。

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 本日の講師の三上ガイド

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 クマシデの葉っぱ。ホップみたいだけど、ビールはできません。

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 フタリシズカ。フタリシズカは、花穂が1人になったり2人になったり3人になったりする。

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 これは、タケニグサ。昔は肥だめに入れたらしい。つまり、毒があって、ハエの幼虫とか殺す殺菌作用がある。

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 ラショウモンカズラ。昔京の都の羅生門で渡辺綱が、鬼女の腕を切り落としたその腕に似ている(なんじゃそら(;^^)ヘ..)ことで名付けられたらしい。。。

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 ウツギ。。

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 ここには可愛いチゴユリが。。その下にあるのは、はっぱに赤い縁取りのあるツタウルシ(かぶれます)

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 いきなり話を振られて焦ったフタバアオイ。。双葉葵は、上賀茂神社の神紋で、葵祭の時にも飾られる。。そこまでは知っていたが、その先が(;^^)ヘ.. なんでこの地味なフタバアオイなのか調べましたがな(;^^)ヘ.. 1400年前に、凶作続きだったとき、お告げに従って葵を飾って祭りを行ったら天候が回復したのが由来らしい。。そして、徳川家康との関連は、当時は清和源氏の子孫じゃないと征夷大将軍になれなかったため、賀茂神社の氏子であった新田源氏の子孫であることを示すため、賀茂神社の神紋であるフタバアオイを使って、ミツバアオイにしたらしい。
 お花は地味ーー。茶色いお花が咲いています(分かりますか?右下の角です)

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 ハシリドコロ。有毒です。食べると走り回るからハシリドコロ。夏になると枯れてしまうため、春しか見れない。実は、ナスみたいだった(花もナスみたい)。けど、食べれません。。

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 2人そろったニリンソウo(^o^)o

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 古い石仏がおかれている。

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 そして、道の脇にある古い旧道をたどった先には、なんと、慶應4年3月に立てられた馬頭観音の碑。立派でした。今の道からは見えないのです。人知れず立って、当時の賑わいを伝える無言の碑。

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 古い石畳も現れました。

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 クワガタソウ。
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 とても趣のある馬頭観音。お顔が優しい。
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 子供ができることを祈って石を投げたという子持ち石の塚。。子供ができるかどうかより、これだけの小石が積み上がっていることに感動。一応、小石投げてみました(もう関係ないですが(;^^)ヘ..)

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 写真には写ってませんが、ヤマツツジもきれいに咲いていました。この葉っぱは、秋の紅葉が美しいオオイタヤメイゲツ。秋の紅葉でなくても、葉っぱのきざぎさが美しい。

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 エイザンスミレの葉っぱ。エイザンとは比叡山。比叡山に何度も通っているのに見たことない(;^^)ヘ..来年は探してみよう。。スミレなのに葉っぱが切れ込んでいるのが特徴。

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 御坂峠に近づく。峠は、戦国時代の守りの要。昔の御坂城の縄張りが見られる。

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 往来の激しかった江戸時代には、峠に茶屋があった。茶碗のかけらとかいっぱい落ちてました。

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 峠には天神さま。

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 ミヤマザクラ。おしべがぴんぴんしているのが特徴。最後の桜です。

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 峠を越えると、お顔の表情が変わります。峠を境に石工が変わるのでしょう。

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 きれいなミズナラの林です。

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 ホソバギンランが咲いていました。ランの仲間。絶滅危惧種です。

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 クサタチバナです。

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 トチノキのシルエットも美しい。

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 新緑は美しい。

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 クルミです。クルミの花には雄花と雌花があると初めてしりました。雄花は房みたいに垂れ下がります。

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 そこから河口湖畔の産屋が崎に移動。古代の官道を発掘した担当者の話を聞く。当時の官道は、平野部ではなんと直線道路だったのにも感動。路は普通、自然に緩やかなカーブを描きながらできているが、ほんと一直線で(つまり人工的)、その延長線上にぴたりと遺構が見つかったようで、当時の律令政府の権限が、当時の都からかなり離れた地方においても意外に強大だったんだと感心した。


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 そこから峠に上がってみる。やっぱり広い道幅の道。峠には馬頭観音。
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 帰りに寄った渋川温泉で、今年初の蛍を見ました。
 行きも帰りも富士山が見守ってくれていました。
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2015-05-24

旅籠大橋屋

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 旧東海道の赤坂宿に、旅籠大橋屋がある。

 創業は1649年!関ヶ原が1600年なので、関ヶ原から約50年後の創業。それから360年以上もずっと旅籠を営んでいた。今年3月まで営業してました。

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 土間の上のふけ抜けの上に置いてある俵。棟上げの儀式の時に俵を上げたらしいが、それ以来、360年以来も落ちてこない俵です。

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 一度泊まりたいと思いつつ叶わないまま、けど、 旧東海道を歩くお仕事で、中を見せてもらえました。やっぱり風格が違うー。障子の桟まで素敵o(^▽^)o

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 赤坂宿と隣の御油宿は、昔は御位赤坂という1つの宿場だった。が、大きすぎるということで、家康の命で2つに分割。2つに分けたその間に、松並木を植えた。。それが天然記念物御油の松並木の由来。なので、赤坂と御油の宿場の間の距離は、東海道で一番短い1.7km。

 この赤坂と御油は、江戸時代の一大歓楽街(;^^)ヘ..
 飯盛女(めしもりおんな)というのがいっぱいいたのです。飯盛女というのは、旅人に飯を盛るだけでなく、夜のお相手もする遊女のこと。誰でもなれる(?)わけではなく、ちゃんとした許可制。旅籠1つの飯盛女何人とか決められていました。なんせ赤坂と御油は近いので、客の取り合い(;^^)ヘ..

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 かの小田原宿は、お城下に宿場があるけど、風紀が乱れるということで、飯盛女を置かなかったのです。すると旅人は、もう少し頑張って歩いたら、温泉と若いおねーちゃんがいる!ということで箱根湯本に泊まり、小田原宿はさびれる一方(;^^)ヘ.. たまらず、飯盛女を置くことにしたという、それだけ、宿場の経済を左右するような陰のキーパーソンでした。。

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 広重の浮世絵、赤坂宿には、お化粧をする飯盛女の絵、御油宿では、いやがるおじちゃんを引き込もうとする留め女(飯盛女)が描かれております。。

 大橋屋を少しいったところにある本陣公園の交差点の名前は「赤坂紅里」。今は田舎の交差点だけど、当時は賑わっていたのだろうなぁ。ふと昔に思いをはせながら歩くのも楽しいです。

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2015-05-22

いつもの比叡山

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 お久しぶりのお一人さま比叡山。横川まで行ったのは初めて。意外に遠かった( ̄◇ ̄;) 途中、シャトルバスでちょこっとワープしたのに22km。体力落ちてるからか、最後はよれよれ。

修学院-雲母坂ーケーブル比叡-ツツジヶ丘ー大比叡ー阿弥陀堂ー玉体杉ー横川中堂ー西塔ー雲母坂-修学院

 雲母坂、さらに掘れて掘れて、段差高すぎ脚短か過ぎー( ̄◇ ̄;) 来年はもう段差、越えられへんわー。帰りに新しく出来たという尾根道の取り付き確認。次はそっち行ってみよーかなぁー。

 比叡山もピンクのミツバツツジに赤いヤマツツジがキレイ。つつじヶ丘のつつじは少し盛りを過ぎてました。

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 朝は小鳥が鳴いている。特徴的な鳴き声。愛鷹山で教えてもらったイカルだと思うんやけどなぁー。と思っていたら、ツツジヶ丘でバードウォッチングのおじちゃん発見。早速聞いてみると、やっぱりイカル!ここらにはヤマガラ、キビタキも多いらしい。ツツジ谷からガーデンミュージアムに行く途中に、なんとイカルが目の前にo(^▽^)o 双眼鏡持ってくれば良かった!

 分かります?? 真ん中に黄色いくちばしの鳥がいるでしょう?

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 ガーデンミュージアムでは京都側、大津側ともにキレイに見えました。
 あそこにピークがあるの知ってるけど、やっぱり大比叡(山頂)のピークまで行くのはお約束?

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 途中、ウツギが咲いてました。ウツギっていっぱい種類があるらしい。これはきっとツクバネウツギ


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 ピンクのウツギは、タニウツギ。ウツギは白から赤へと色を変えるが、このタニウツギは色をかえずにずっとピンクらしい。

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 大比叡からは、電波塔越えて阿弥陀堂へ。

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 根本中堂から西塔へと進む。西塔から行者道を進むが、なんと行者道の傍らにクリンソウが3株!

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 西塔から玉体杉を通って横川へ。結構遠い( ̄◇ ̄;)
 お約束の玉体杉。千日回峰の行者さんはここで御所に向かって遙拝するらしい。つまりここから御所が見えるのですよー。

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  さらに横高山の急登との分岐へ。今日は横高山の急登は登らず、分岐を横目に横川へ。


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 道は良い道だが、さらに結構遠い( ̄◇ ̄;)
 
 さて、横川では、横川中堂が有名だが、個人的にはまったのは元三大師堂。 お堂の前には、有名な大津絵が飾ってあってなかなかおもしろかった。

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 この奇妙な人形が魔除け。元三大師というのは、かの良源さん。これのついた魔除けの御札が欲しかったけど、1000円もしたので、今回はパス。まだ吉田神社の節分の厄払い御札も貼ってあるし。。。いつか魔物に取り付かれそうになったら買いにこよう(;^^)ヘ..

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 さすがに疲れたので、帰りは西塔までちょこっとワープして、そこから京都トレイルに戻り、いつものケーブル比叡へ。あー、ビール飲みたい。今年も山のソーセージやさんは休業??

 途中、ヤブデマリが咲いていました。一瞬、オオカメノキかと思い、帰って調べて見ると、オオカメノキではなくてヤブデマリ。オオカメノキの葉っぱは、根元がハート型に食い込んでいるけど、ヤブデマリはすっとしているのが見分けるポイントだそうです。

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 さらに、あーー大きな葉っぱ!ホウノキ!って思ったら、なんとこれがトチノキ!これも葉っぱだけみると間違うらしい。お花は、ホウノキはタイサンボクみたいな花なので違うのです。これがトチノキの花です。

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 雲母坂下りる途中で、登ってくる登山者から野ざる情報。群れでいるらしい。会わなくて良かったー。

いつもの比叡山だけど、毎回違う比叡山。シャクナゲはまだ少し早いようでしたー。

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2015-05-15

葛城山

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これが見たかったのです!
お一人さま葛城山(959m)初登頂。

悲しいことにゴールデンウィークは風邪で引き籠もり(T^T)
ホントは、ダイヤモンドトレイルとか縦走したかったけど、病み上がりなので( ̄◇ ̄;) 大人しく登山…
しかも、普通は登山口まで走るのだけど、病み上がりなので(;^^)ヘ.. バス。まぁ週末が雨予報だったせいもあり、駐車場に入る自家用車の列に入り、登山口までバスが進まない。駅から1時間ほどかかりました。

 さて、登山口。まずは一般ルートのくじらの滝コース。
 これがまぁ、修業のような階段地獄の直登。植林で全く面白くないけど、人いっぱい。修業と心得て黙々と登る。途中、時々下界が見えました。

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そうこうしながらも一気に登って一時間で山頂へ。少し霞がかかってるけど、奈良、大阪が一望〜。

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そして、お楽しみのツツジー。うわー、ヤマツツジー。少し盛りを過ぎてるけど、まだまだキレイ!

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ミツバツツジもあって、色々、微妙に色が違う。

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右手前方に見えるピークは金剛山。次はダイトレ通ってあっこに行きたい!

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山頂はロープウェイで登って来る人でいっぱい。ロープウェイは30分待ちらしい。トイレも行列。

さて下りは、自然観察路から北尾根コースへ。これぞ新緑の山歩きって感じで気持ちいいー。楽しいo(^▽^)o

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 リョウブの木などが見られ、4月中旬にはカタクリの群落があるらしい。カタクリは既に葉っぱだけ。

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 オトコヨウゾメかな

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 コバノガマズミかな

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 マルバウツギかな

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 そうこうしているうちに、あっという間に地上ー。途中でまさかの雨、
 ラストチャンスでツツジ見れて、ほんま良かったo(^▽^)o


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