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2015-05-24

旅籠大橋屋

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 旧東海道の赤坂宿に、旅籠大橋屋がある。

 創業は1649年!関ヶ原が1600年なので、関ヶ原から約50年後の創業。それから360年以上もずっと旅籠を営んでいた。今年3月まで営業してました。

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 土間の上のふけ抜けの上に置いてある俵。棟上げの儀式の時に俵を上げたらしいが、それ以来、360年以来も落ちてこない俵です。

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 一度泊まりたいと思いつつ叶わないまま、けど、 旧東海道を歩くお仕事で、中を見せてもらえました。やっぱり風格が違うー。障子の桟まで素敵o(^▽^)o

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 赤坂宿と隣の御油宿は、昔は御位赤坂という1つの宿場だった。が、大きすぎるということで、家康の命で2つに分割。2つに分けたその間に、松並木を植えた。。それが天然記念物御油の松並木の由来。なので、赤坂と御油の宿場の間の距離は、東海道で一番短い1.7km。

 この赤坂と御油は、江戸時代の一大歓楽街(;^^)ヘ..
 飯盛女(めしもりおんな)というのがいっぱいいたのです。飯盛女というのは、旅人に飯を盛るだけでなく、夜のお相手もする遊女のこと。誰でもなれる(?)わけではなく、ちゃんとした許可制。旅籠1つの飯盛女何人とか決められていました。なんせ赤坂と御油は近いので、客の取り合い(;^^)ヘ..

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 かの小田原宿は、お城下に宿場があるけど、風紀が乱れるということで、飯盛女を置かなかったのです。すると旅人は、もう少し頑張って歩いたら、温泉と若いおねーちゃんがいる!ということで箱根湯本に泊まり、小田原宿はさびれる一方(;^^)ヘ.. たまらず、飯盛女を置くことにしたという、それだけ、宿場の経済を左右するような陰のキーパーソンでした。。

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 広重の浮世絵、赤坂宿には、お化粧をする飯盛女の絵、御油宿では、いやがるおじちゃんを引き込もうとする留め女(飯盛女)が描かれております。。

 大橋屋を少しいったところにある本陣公園の交差点の名前は「赤坂紅里」。今は田舎の交差点だけど、当時は賑わっていたのだろうなぁ。ふと昔に思いをはせながら歩くのも楽しいです。

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