2006-06-24

サッカーとは

 ワールドカップサッカー、日本が敗退してしまった。

 サッカー大好き人間としては、やはり寂しい。いくらこれからは、大好きなフィーゴがいるポルトガルを応援しようと言ったって、やはりよその国、違う、全然違う!日本代表には実は、あまり期待していなかったけど(松井が外れた段階で応援する気が失せた)、だからと言ってやっぱり応援していたし、負けてしまうとやはり寂しい…

 今から2年ほど前、さるイギリス人との会話でサッカー談義になった。彼、Aは、来日して7年。日韓大会のとき、日本のサポーターたちがベッカムさまと騒ぎ立てて、イングランドを応援していたのを見て眉をひそめた。彼曰く「なんで、日本人がイングランドを応援するんだ?おめーらは日本人だろう…」

 そら、そうだ。彼、イギリス人のAにとってサッカーとは
 「where I'm from」だそうだ。訳すのは難しいが、つまり、血であり肉である。自分の出自と切り離せないもの。

 Aは、イギリスのバーミンガム出身。稲本が行っているウェスト・ブロムウィッチの代々のファン。代々というのは、つまりは、おじーさんの代から、席が確保してあって、試合があると家族、親戚一同が行くのである。バーミンガムには、他にもサッカーチームがあって、バーミンガム・シティとアストン・ヴィラ。当時は(今でも?)、サポーターは、住む地域及び階級が微妙に違っており、決して混ざることはなく、小学校時代は、試合に勝ったり負けたりすると、そのまま喧嘩が勃発していたらしい…

 高校を卒業した後、頭の良かった彼は、どうしても大学に行きたかった…。家に余裕がなかったので、祖父母に頼み込んで、軍隊(おじーさんが退役軍人)に3年入隊することを条件に、学費を出してもらった…。

 入った大学…、部活はずっと「ラグビー」だったらしい。なんでサッカーやらなかったの?と聞くと、サッカーやるクラス(階級)とラグビーをやる階級があって、そこはラグビーだった、、そうだ。。大学卒業後のArmyでもラグビーをやっていた(フッカーだったらしい)ので、とうとうサッカーをやることはなかった。。

 大学どうだった?って聞いたら、まぁまぁ。。でも、友達はあんまりできなかったらしい。というか、本人いわく、「大学にいた友達は、そら、中には良い奴もいたけど、やっぱり違うんだよね。別世界って感じで、なじめなかった。。」らしい、

 アッパークラスの友達とは、やはり住む世界が全然違ったということらしい…。

 日本から見るイギリス。ふと違う面を見せてくれる。サッカーもそう。ウェスト・ブロムウィッチでがんばっている稲本、本人がそこまで肌で感じているかどうか分からないけど、バーミンガム・シティやアストン・ヴィラでプレーするのとは、全然違うのだろう…。

 

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2006-04-09

カルメンとアボリジニ

013tなんかはちゃめちゃな題名(;^_^A アセアセ…

 今日は、盛りだくさんな一日でした。さっき、家にたどり着いたところで、疲れた~~。

 まずは、2時から、 アイーダ・ゴメスのフラメンコ「カルメン」を見ました。バレエ・フラメンコというだけあって、こてこてのフラメンコとはちょっと違う(全然違う?)けど、美しかったです。

 オペラ「カルメン」の物語をフラメンコで表現しており、曲も時々、管弦楽のものが挿入されます。いやー、アイーダ・ゴメスって、若くてスリムで素敵。ホセやエスカミーリョも素敵だったけど、やはりステップは迫力が少し足りない感じ。

 バタ・デ・コーラ(裾を引きずるような長い衣装)に、マントン(大判ショール)で踊ったのは、びっくりで素敵でした。
 
 なかなか良い刺激で、必ず薄手の紐ストリップ&ノースリーブのワンピースを練習用に買うと決めたのでした(^^; それを着て、鏡を見て、励みにするのだ~。いつかあんな身体になるんだ~(^^;;
 アイーダ・ゴメスのカルメン

 さて、夜は、友人のアンがオーストラリアの芸術について講義をするというので、付いていった。付いていくだけが、結局、全部フルで通訳することになった。

 アン自身もアーティストなのだが、オーストラリアの芸術家9人を取り上げて説明してくれた。

 オーストラリアの芸術なんて、初めて話を聞いたのだけど、とても面白かったです。芸術を知るには、オーストラリアの歴史を知らなければならないということで、オーストラリアの植民地政策、というか、流刑地だった背景から、アボリジニ絶滅作戦、ネッド・ケリー(オーストラリアの開拓者で、国民的ヒーローかつ象徴)、アボリジニの現代美術への登場などなど、非常に興味深い話がたくさんあった。

そのうちSydney Nolanが描き、オーストラリアの象徴ともなったネッド・ケリーの冒険の一連作は
 ノーランのギャラリー

 その影に常に見え隠れするのは、アボリジニ及び豪州白人双方の、アイデンティティの問題、2つの文化の相克、それが芸術を通して現れて、なかなか面白かった。普段、オーストラリアの芸術なんて、見ることも聞くこともないので、刺激的でした。

 主催者は、建築家らしい…。若者が多くて、率直な意見がいろいろ聞けて、これまた刺激的だった。いつか、オーストラリアに行ったときは、必ず現代美術館に出かけよう…

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2005-11-25

王子メディアで舞台デビュー?

MEDEAad今年は、公私ともに、なんだかわけわからん状態というか、あれこれ盛りだくさんで混乱の極みにあるのだが、とうとう、極めつけになってしまった。現在は、以前にも書いたが、「メディア」というバイリンガル劇の翻訳に関わっている。

 これは、ギリシャ神話の「王女メディア」をもとにして脚色されたもので、大きな違いは原作の男女入れ替え版になっていることである。いわば、「王子メディア」である。男女が完全に入れ替わっており、入れ替わるだけでなく、社会的役割もすべて男女逆転している。つまり、古代ギリシャは「母系社会」であり、王位は「女系継承」。つまり王女に皇位継承権がある(どっかの国で論議されているようだが)。社会全体が「女社会」、男は主夫で子育てをし、同時に肉体労働的な軍役にも付くが、政治は女が牛耳っているというわけである。

 登場人物全体が男女逆転しているから、ジェイソン(イアソン)は女、子どもは娘二人、王は女王になるし、ギリシャ神話の神ヘリオスも女、アテネの「女王」アイゲウスも女だから、ややこしいこと限りない…。

 バイリンガル劇だから、それが英語と日本語で同時に上演される。原作の中で「外国人(コルキス人)」であるメディアとそのお連れの男僕は日本語が母国語、ギリシャ人たち(ジェイソン=イアソン及びコリントの女王や住人、アテネの女王たち)は英語が母国語というわけである。ちょうど、言葉のわからない外国で「追放者」として暮らしていたメディアたちの状況と、日本という異国で暮らしている外人(英語のネイティブスピーカー)の状況が、劇の中では逆転しつつ二重構造になっているというわけである。

 中でも傑作なのが男僕の役のKenji。彼は英語が分からない、さっぱり分からないのに英語の劇で、英語の台詞まであるのです。といっても、ほとんどは日本語、それもこてこての関西弁でしゃべります(関西弁で訳しました)。Kenjiは、れっきとして俳優さん、蜷川劇団にも所属していたのです。で、彼が何が一番困ったかというと、英語の台詞がだらだらだらと続いて、ぽんと日本語の台詞でかまないといけないのだけど、英語の台詞が小鳥のさえずりにしか聞こえないから、どこで日本語の台詞を言ったらいいのか、きっかけが分からないということです!これは大事件~!とは、言いながら、さすがにプロの俳優さん、きちんとこなして来ているのはさすがです。

 翻訳するにあたっては、男女が入れ替わり男が主夫をやって家庭的だからと言って、女言葉を使うと完全におかまっぽくなるので、それは出来ないということで、かなり苦労(腕の見せ所)したのであった…

 で、翻訳者としては、稽古に出て、外国人たちの日本語指導などしていたのだが…
 本番まであと、一週間あまりになった今日、大事件が持ち上がった…

 水兵役(男女逆転しているのでアルゴー船の水夫たちは女なんです)の女性が、突如降板したのだ。
 なぜかその場にいた、私に白羽の矢が立ち(?)、水兵として舞台デビューすることになりました。って、端役なので台詞は10個ぐらいしかありません…でも、ダンスとか歌とかあるんです… 掛け合い漫才みたいなところもあるんです…
 
 それまでは、水兵役のおねえさんに「ここは、いかついヤンキーのねぇちゃん風で、思いっきりbitchyな感じで、やってねぇ」とかって指示を出していたのに、いきなり私がbitchyな役をせねばならなくなり、bithcyにはなれないかもしれないが、ラピュタの女盗賊の船長風ならなるかもしれないと、知恵を絞っているところです…

 良かったら、笑いに来て下さいませ。京龍館というところであります。
 12月3日(土)、夜7:30~、 12月4日(日)14:00~、18:30~
 12月10日(土)夜7:30~、 12月11日(日)14:00~、18:30~

  京龍館のホームページはこちら イベントのところに詳しく載っています。
  京龍館

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2005-09-12

フラメンコの発表会

fla1←一番左で踊っています

一大イベントが終わった…
選挙じゃなくて、フラメンコの発表会!なんせ舞台で踊るのですから、緊張もいたします。今年は、タンゴ・デ・マラガとガロティンという曲を踊りました。タンゴ・デ・マラガの方は、何故か前列で踊るはめとなり、緊張することこの上なし。でも、生ギターと生カンテ(歌)で、踊れるのは、とっても気持ちがいいことです。ガロティンというのは、お帽子を使う、ちょっと小粋で素敵な踊りです。

 ともかく、この年になり、スポットライトを浴びることも、お花をいっぱい頂くのも、普通は滅多にないことなので、張り合いもあるけど、緊張もするという感じです。若い頃に比べて、欲がないので(あわよくばフラメンコダンサーになろうとか(^^;)、人それぞれそれなりに自分の目標に向かって努力できるところが良いところなのでしょう。

 舞台用のメークでも大騒動。私は目が一重なので、難しいのでございます。当日、リハ前に失敗して、目の回りのメーク全部落として一からやり直した時は、正直、焦りました…

 たくさんいただいたお花、花瓶に生けて、それからせっかくなのでフラワーアレンジメントを2つ作りました。お花があると家の中が華やぎます。

 次の日は、放心状態で、動けませんでした。(Un) arranged marriage (Bali Rai)というイギリス在住のインド系イギリス人の書いた本を読み終わりました。ううううー、青春文学って感じ。インドでは、未だに見合い結婚(昔の日本みたいに、結婚式当日まで顔を知らない、親の決めた相手との結婚)が普通。この男の子も17歳になった日に、強制的に結婚させられることになります。親の考えと自分の考え、インド人コミュニティ&文化的葛藤と自立した個人として生きることの葛藤などが、かなり正直に書かれております。

 「大人」になってしまった今となっては、もう少しうまくやりようがあるのだろうにって思うのだけど、それは大人の考え。15,16歳、学歴もなく仕事もなく、親に依存して生きなければならない「子ども」にとっては、しかも、親も親戚もしきたりも文化も投げ捨てて、出て行くほどの力があと少しだけ足りない「子ども」にとっては、辛い辛い日々なのでした。自己を確立するというのは、個として生きると言うことは、実は大変なことなのです。

 少しほろ苦い青春の味がしました…。

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2004-07-19

コーラス推薦されました!

突然ですが、所属しているコーラスの話です。
 今日、地区大会があったのですが、見事に推薦されて、京都大会に行けることになりました。
 ばんざーい。\(^_^)/

 今年の曲は、「埴生の宿」と中島みゆきの「空と君のあいだに」です。
 この埴生の宿って、日本の曲かと思いきや、実はイギリス生まれのイギリスの曲なのですね。明治に、外国からの曲を唱歌に取り入れたときに、日本の歌詞をつけた上に、非常に愛唱されたために、あたかも日本の曲のように思われているようです。

 その上、歌詞が少し古すぎて(^^;、最初に練習し始めた時には、誰も歌詞の意味が分からなかったというおまけ付きです。未だに意味不明の箇所あり(;^_^A アセアセ… 原曲は、Home sweet home なのですが、さるイギリス人に、今日、イギリスの伝統的な曲 Home sweet homeを歌ったよ〜って言ったけど、分かってもらえませんでした… 仕方がないので、その場でメロディを歌ったら、あーーー!って言ってやっと分かってもらえたというのは、どういうことでせうか??

 今年は、もし京都大会で推薦されたら沖縄で全国大会があります。楽しみ♪〜だけど、楽員全員が行くわけではないので、コーラスにならないかもしれないところが、悩みの種です。数人じゃ、合唱にならないし〜。終わりには、沖縄にいくぞの決意を込めて?、沖縄の曲やら沖縄にちなんだ曲を沢山歌って閉会し、とても楽しいときをすごしました〜。

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2004-05-02

インドとフラメンコ(2)

latcho.jpg

フラメンコといえば、スペインだが、元々というか今でもジプシーの踊りである。

 今は、ジプシーとは言わず、ロマ族と言われている。ロマ族、すなわちジプシーとは、定住をせずにいろいろな町を回って歩く旅芸人のこと、いくつかの系統があり、北の方へ行った人々のことはボヘミアンなどと呼ばれている。

 さて、ロマ族は、真っ黒い髪に真っ黒い目、浅黒い肌が特徴的である。もちろん例外もあるだろうが、基本的にジプシーは共同体外の人間、地元の娘等との通婚は禁じられてきた。いろいろな場に呼ばれて音楽や踊りで楽しませる一方、常に、差別と迫害にさらされてきた人々でもある。

 このロマ族、元々はどこから来た人なのだろうか。諸説はあるが、一般的には、北インドの人々だと言われている。なーるほど、あの漆黒の髪い漆黒の目、インドに通じるものがあるかも・・・。

 このロマ族の源流について、ドキュメンタリー風にまとめた面白い映画がある。
 映画の題名は 「ラッチョ・ドローム」(Latcho Drom)。ロマ族の言葉で「良い旅を」という意味である。

 せりふは一切無い。音楽と音楽に含まれる歌詞、踊りのみで構成され、ロマ族の歴史をたどった映画である。その映画は北インドの旅芸人の一座から始まる・・そして西へ西へ、歩いて旅していたのが、馬車になり、最後はバスになる。音楽もインドの音楽からボヘミアン、ラプソディー、そしてフラメンコと変わっていく。北方に行ったロマ族は、冬、屋外が雪で覆われて寝られないため、木の上に家を作ってそこで寝る・・。さまざまな地で少しずつ違う文化や音楽を展開していくことがわかる、なかなか面白い、ロードムービーである。

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2004-04-29

フラメンコとインド

インド紀行も、とうとう書くことが尽きて、気が抜けてしまった。
気が付くと一週間・・・。
さらに先日は、フラメンコの発表会も終わり、これまた気が抜けてしまった。
気が付くと、さらにもう一週間経ってしまった(爆)
 これからは、次のインド行きまで(未定)、のんびり書くことにしよう。

 フラメンコは、足かけ3年ほどやっており、ようやく手足が自由に動くようになって楽しい盛り。発表会が終わって、新しい曲に入り、これまた張り切っている。

 フラメンコは、実は、三位一体と言われていて、踊りと歌、ギター(&パーカッション)が一体となって初めて、フラメンコと呼ばれる。俗には、フラメンコと言えば、踊りを指すが、本当はそうではない。
 フラメンコのギターも素晴らしい。絞り出すような哀切なメロディーの歌(カンテ)も素晴らしい。明るい曲調もあるが、暗く、哀切に満ちた曲調も多い。そう、どこか日本の演歌に通じるものがある情念の世界なのだ。それが、日本にフラメンコ人口が多い理由なのかもしれない。

 最近、よく聞くラテン音楽のサイト、フラメンコもタンゴも、サルサもある。24時間フラメンコに浸るには最適なサイト。軽いのりのフュージョン系もあれば、こてこてのフラメンコも流れる。フラメンコギターの天才「パコ・デ・ルチア
」や、カンテの王様「カマロン」の曲もしょっちゅう流れている。

http://www.batanga.com/sp/default.asp
ラテン系インターネットラジオ

 サイドバーの「お気に入りの音楽」リストのところにもリンクを入れた。やっと、リンクタグの使い方が分かってうれしい私。\(^_^)/

 インドとフラメンコ、全然関係ないようだが、実は密接な関係がある。
 そのお話は、つづきで。

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